作り物の世界でしか…って、これ確か前も思ったなー。 幼馴染 「好きです」 たった四文字。震えるような、それでいてしっかりとした声に伸ばし掛けた手を慌てて引っ込める。 忘れ物を取りに来た放課後の教室でまさか告白現場に遭遇しようとは…。 盗み聞きなんて悪趣味だし申し訳ないから音を殺したままゆっくり遠ざかろうとうしたけれど、 それより早く聞き慣れた声が耳に飛び込んできたことによって思わず動きを止めてしまった。 「悪いけど彼氏になれって話ならお断り」 「…好きな人、いるの?」 「別に。でも今は誰かと付き合おうとか考えられないから」 「……一つだけ訊いても良い?」 「内容によるけど」 「えっと、…さんとは付き合ってないんだよ、ね?」 「…」 「あっ、ほら、一時期そんな噂が流れてたから気になって……えと、…」 結人の助言を受けて友達にほんとのこと(一部はぼかしたけど)を話してからは彼女たちの協力もあって噂は納まったんだけど まさかまだ気にしている人がいるなんて思わなかった…! 隠れるように壁に背中を貼り付けたまま動くに動けなくて、でも立ち聞きしていることが後ろめたくて、 罪悪感から逃げるように彷徨った視線はやがて爪先に落ち着いた。 「…そんな噂まだ気にしてる人がいたんだ。誰が流したのか知らないけど嘘だよ、俺とさんはただのクラスメート」 「じゃあ、郭くんはさんのこと好きってわけでもないんだよね?」 「質問は一つじゃなかったの。…言ったでしょ、誰とも付き合う気はないって」 「ご、ごめん」 「それと俺の前で二度とその話出さないでくれる?噂って嫌いだから。俺だけならまだしもさんにも迷惑が掛るから止めてよね」 「あ、うん、わかった。…えと、何か色々ごめんね。……それじゃあ、」 (やば、出てくる…!)(隠れなきゃ) 話を終えた女の子と鉢合わせをするわけにはいかないから慌てて掃除ロッカーの陰に隠れる。 幸いにも彼女はあたしが隠れた方とは反対方向に向かって行ったらしく、足音はどんどん遠ざかって行った。 ……良かった。 ほっと息を吐くのも束の間、ロッカーの陰から恐る恐る顔を出したあたしの目の前には見慣れた呆れ顔。 「随分と悪趣味だね」 「、……ごめん」 「言い訳とかないの?」 「だって悪いと思ってるし…特にあの子には。でも、何で気づいたの?」 「さんが入って来ようとするところが見えたからね。あっちは気づいてないと思うけど」 「…そう、良かった」 「安心した?」 「え?うん」 「それは気づかれてないことに?それとも、俺が断ったことに?」 「!、」 「…冗談だよ。噂についてはちゃんと否定しておいたから安心しなよ。あぁ、態々言わなくても聞いてたから知ってるか」 意地悪く笑う英士にいつもなら眉を寄せるところだけど今はバツが悪くて視線を落とす。 けれどもすぐに顔を上げることになったのは頭の上を何かが柔らかく触れたから―― 「……な、に、してる…の、?」 「そんなこともわからないの?」 「や、わかるけど…けど、何のつもり?」 「丁度良い場所に頭があったから何となく」 「…そう、」 「冗談に決まってるでしょ。…俺が気にしてないんだからもう良いだろ。目の前で落ち込まれても目障りだし」 「ごめん。…ありがとう」 「どういたしまして」 「……いつまで触ってるの?」 「なに、一馬は良くて俺じゃ駄目なの?」 「またそういう言い方する…。駄目とかじゃなくて、一馬と郭くんは違うでしょう?」 「違うって何が?」 「だから、一馬は幼馴染だけど郭くんは……ただのクラスメートだし、なんていうか物凄い違和感が」 「ふうん。…じゃあ幼馴染の俺だったら良いんだ?」 「……、…微妙」 「なにそれ」 「とにかく、慣れないからすっごい変な感じなの」 わかれバカ! 心の中で叫びながら英士の手を振り払う。 同時に振り払ったのは、 「それにこんなとこ見られたらまた噂されるよ」 「そしたらまた否定すれば良いだけでしょ。俺は困らないけど、さんが困るなら何度でも俺が否定する」 「……」 「だからいい加減その顔止めなよ」 「その顔って?」 「泣きそうな顔」 「嘘」 「嘘じゃない」 「…うそ、」 「……。じゃあそういうことにするけど、ただのクラスメートでいたいなら俺の前でそういう顔はしない方が賢明だよ」 「…どうして?」 「が泣くと俺が困るから。腕の中に閉じ込めて逃がしてやれなくなる」 「……それも、冗談でしょ?」 小さく笑うだけで何も答えない英士に、それ以上何も言えなかった。 (こんな感情知らない。)(知らないしらないシラナイ) |