その笑顔にいつも甘えてばかり。 幼馴染 「ねぇ結人、他人事だからって楽しんでない?」 返事の代わりと言わんばかりに結人はにっかしと悪戯っ子のように笑う。 結人の太陽みたいな笑顔は大好きだけど、大好きだけどね?思わず口許が引き攣ったのは仕方がないと思うの。 今更表情を取り繕わないといけないような関係でもないから、ついでとばかりにきゅっと眉間に皺を寄せてみた。 それでもやっぱり笑う結人に最終手段。ふう、素早く息を吐く。 「…もう結人にはお菓子作ってあげない」 「待て待て待て。それは酷くね?」 「あたしに言わせればにやにやしてる結人のが酷い」 「顔の体操してたんだよ。英士みたいに固まっちまうと困るだろ?」 「……結人くん、その言い訳は微妙だと思うの」 「お前英士に似てきたよな…。真顔で言うからダメージでかい」 「あたしはあんなにっ……、そんなことより話戻しても良い?」 「ドーゾ」 やる気のない返事を返してスプーンでアイスを掬う。 久々のオフを満喫する予定だった結人を呼び出したのはあたしで、呼び出しに応じてくれた結人には感謝しているからそこは目を瞑ろう。 (まあ、しっかり条件を付けられたけど)(結人が格闘している巨大パフェの会計はあたしがするのだ) 「えーと…、どこまで話したっけ?」 「と英士が付き合ってるんじゃないかって噂が流れてるってとこ」 「あ、そっか、そうだった。修学旅行の時にあたしと英士が話してるとこを見た人がいたみたいで、気づいたらこう、妙な噂が…」 「二年連続で同じ委員会なんだし、ちょっと二人で話してるくらい普通じゃねーの?」 「名前で呼んでるの聞かれちゃったみたい。…ほら、人前では名字で呼び合ってたから」 「アイツが女子を名前呼びって珍しいもんなー。で、今年同じクラスになった上にまた委員会も同じだから周りが騒ぎだしたってことか」 「…あたしと英士が今年も図書委員になったのは司書さんと先生に頼まれたからなんだけどなぁ」 委員会のことは進級する前から頼まれていた。 今まで図書委員を担当していた先生と司書さんの離任が偶然重なってしまい、新しく赴任される司書さんたちにはきちんと引き継ぎを行うけれど 図書委員が作成・配布している冊子のこととか細かなことをサポートして欲しいと言われたのだ。 二年連続で図書委員に所属していたのはあたしと英士だけで、 あたしは司書さんと仲が良かったしあたしも英士も仕事をサボったことがないから信頼してもらってたみたい。 ちなみに受験を控えていることもあり、三年生はカウンター当番が免除されているから負担は少ない。(冊子を作るのは年に二回だけだし) 「それに委員会決める時に先生がちゃんと説明してくれたのに」 「クラスが別れてりゃまだマシだったかもな」 「あたしもそう思う。……、どうしよう」 「放っとけば?噂なんてそのうち消えんだろ」 「そう、なんだけど……、」 「だけど?」 「ただでさえ英士は色んな人に注目されてていつだって噂の的なのに、更にこんな根も葉もない噂が流れてちゃ英士に迷惑だから…、」 「……、その言い訳は英士に失礼だぜ」 ―あ、怒らせた。 スプーンを動かす手を止めた結人は、声を荒げるでも眉を吊り上げるでもなく、ただただ静かに瞳に宿った炎を揺らす。 喜怒哀楽が激しく表情豊かな結人とはまるで別人のように、その顔からは表情が消えた。 ぞくりと肌が粟立つのに不思議と身体が震えないのは、頭の先から足の先までの全ての機能が凍りついてしまったからで、 「英士の気持ち知ってんだろ。付き合ってないにしろアイツはお前が好きなんだ」 「…、」 「去年のマネージャーのこともあったしアイツなら上手く立ち回れる。今更そんな噂の一つや二つ、困んねぇよ」 「……」 「ヤマシイことがないなら噂なんて放っとけば良い。―迷惑だって思ってんのはじゃねぇの?」 ……結人の言う通りだ。迷惑とは少し違うけど、英士との関係を黙っていたのは保身の為だった。 面倒事に巻き込まれたくなくて、一馬とのことを知られたくなくて、 そんなあたしの自分勝手な我儘に英士は黙って付き合ってくれていたのに。 「……ッ、ごめん、なさい…」 解凍しきれない声ではその一言を振り絞るだけで精一杯だった。 呼吸の仕方も忘れたように息が苦しい。脳に酸素が回らない。 凍りついたあたしを溶かしてくれたのは、にっかし笑った優しい太陽 「ま、が英士の気持ちを迷惑がってるとは思ってねーけどさ」 何でもないみたいにいつも通りの温度で喋る結人の声に、ゆるゆると鼓膜から熱を取り戻す。 張り詰めていた全身から一気に力が抜けて唇から熱い息が零れた。 「てか一馬のことは吹っ切れたんだろ?だったら仲良いヤツには俺らの関係バラして良くね?そしたら色々フォローしてくれるだろーし」 「…だけど、あたしと一馬が幼馴染だってことはずっと黙ってて……嘘、吐いてたから」 「成程。のダチってちょっとした嘘を根に持って手のひら返したように嫌がらせしてくるタイプってことか」 「そんなことない!…よ。そういう子たちじゃない」 「だったら言っちまえよ。一馬を好きだったことはぼかすにしろ、ぺろっと吐けばスッキリすんだろ」 「……うん」 「こわーい女子に目ぇ付けられんのが怖くて言えなかったって言えば納得じゃね?アイツのファンって強烈そうだし!」 ガハハと顔全体で笑った結人は、「あ、ヤベ。アイス溶けてりゃ」と今度は慌ててスプーンを動かし始めた。 …本当に、ころころと表情が変わる。ぼんやりとしていたあたしだけど、結人にあたしの分のケーキを奪われそうになって慌てて手を動かした。 それから、巨大パフェを一人で平らげた結人といつも通りの他愛もない話をして、そろそろ帰ろうと席を立つ。 テーブルの端に置かれていた伝票に手を伸ばせば、それはあたしが触れる前に別の手の中に収まった。 「…え、待って結人。今日はあたしが奢る約束…!」 「んなの冗談に決まってんじゃん。つーか女子に奢らせるとかダセーし」 「でも、」 「怖がらせたお詫びと俺のこと嫌いになんないでねってことで。あ、あと口止め料な!イジメたってバレたら俺の明日はない」 「それはあたしが悪かったんだし、誰にも言わないよ」 「あーもうゴチャゴチャ言うなっつーの」 「前に言ったろ。の相談相手になってやるって」 「それには何でも一人で溜め込み過ぎなんだから偶には甘えとけ」 「……ありがとう。」 「いーってことよ!…うわ、俺まじカッケー。うっかり惚れんなよー?」 「それはない」 「うわっ!やっぱ 英士に似てきてるって」 だって、こんなに格好良い結人を好きになるのがうっかりなわけがない。 軽口を叩きながら前を歩く背中がとても大きく見えた。 (知らないの?)(あたしはいつも、甘えてるんだよ) |