生憎とあたしは自ら進んで人の役に立とうと思うほどボランティア精神に溢れた人間じゃないし、 目立つのが好きで人の上に立つのが天職だと思えるほどのカリスマ性も持ってない。 ――そう、全ては成り行きなのだ。 じゃなかったら誰が好き好んで人に使われる立場になんか就くものか。 「いつも悪いな委員長、これ頼んだぞ」 悪いと思うなら頼むなハゲ。悪態は心の中だけに止めて口には出さない。だってあたし、馬鹿じゃないし。 それに、こうして担任から雑用を頼まれるのは一度や二度じゃないのでもう慣れた。 頼られていると言えば聞こえが良いけど、半分以上は面倒事を押し付けられてるだけでしょ? 学級委員自体押し付けられたようなものだし。どうせならわかりやすく雑用委員に改名すれば良い。 ていうか偶には他の人に頼めよ。 このハゲに使われるくらいなら有能か無能か判断しかねる生徒会長の下で働いていた中学時代のが何百倍もましだった。 ……だってあの人、ちょっと変わってはいたけど何だかんだで仕事してたし。それに彼女は慕われるだけのなにかを持っていたから。(それに比べて…) あたしに指示だけ出して自分はちゃっかりお茶を飲み始めた担任に溜息。 次の時間空いてるなら自分でやれよ。それかせめてあたしがいる前で暇そうにしてんなハゲ! 言うまでもないけど敢えて言おう。もうじき一年も終わるけど、残念ながら担任を慕う気持ちなんてこれぽっちもありゃしない。 イライラしながら職員室を後にして生徒指導室へ向かう。 生徒指導を目的としたこの部屋は、幸か不幸か本来の目的で使用されることが滅多にない。 基本的に無人だし生徒指導を担当しているのが担任なので、あたしが雑用を片付ける際には大抵ここを使っている。 目的の教室に着いてふと気づいた。両手が塞がっている。 あたしは非力ではないけどこのダンボールを片手で持てるほど怪力でもない。 だからといって一度下ろしてドアを開けてからまた持ち上げるなんて二度手間だ。 小さく舌を打ち鳴らしスライド式のドアに足を掛ける。行儀が悪い?知るかそんなもん。 「ッ、!?」 ガタガタと音を立てながら少しずつ動かしていたドアが突然ガラッと大きく開いた。 当然、予想外のことに反応ができずバランスを崩して床に身体を打ちつける……と、思ったんだけど。 「……っと、セーフ」 「おいアンタ、大丈夫か?……委員長?」 「…平気です。ありがとうございます、助かりました」 間近で聞こえた声に一拍遅れて状況を理解する。どうやら誰かがダンボールごとあたしを受け止めてくれたらしい。 支えてくれた人物に礼を言って体勢を整えると、なぜか両手からずっしりとした重みが消えていた。 あたしの手には確かにダンボールの感触があるのだけど、持っているというより触れているだけのよう。 不思議に思ってダンボールの先を辿れば、あたしよりも随分と逞しい腕が片手で軽々とダンボールを持っていて少しだけ驚く。 「急に開けて悪かったな。にしても、委員長がこんなとこに何の用だ?」 「担任に頼まれて。…使用中ですか?」 「や、空いてるぜ」 「……。じゃあ使わせてもらいます。すみません、それここに置いてください」 反省文でも書かされていたのかと思ったが、広々とした机の上に筆記用具の類は見当たらない。 電気も点けずにいたことから大方サボりだろう。こんなとこ滅多に誰も来ないしある意味穴場だからな。 そんな推測をしてはみたが特に興味もないのでさっさと切り上げてダンボールを机に下ろすよう頼む。 口が開いたままのダンボールからいくつかの束になったプリントを取り出していると、不思議そうな声が落ちた。 「もうすぐ授業始まんぜ?」 「次は自習だし担任に許可はもらってるので問題ないです」 「へー。…アンタいつもこんなことやってんのか」 「いつもじゃないですけど、頼まれれば」 「一人で?」 「そうですね。……何してるんですか?」 「暇つぶし。これ並べりゃ良いんだろ」 予鈴が鳴っても動く気配のないことから次もサボりだろうとは踏んでいたけど、まさか手伝ってくれるとは思わなかった。 驚きつつも頷いて彼に任せ、あたしは他に必要な物を用意する。 「自習なら他のやつにも手伝わせりゃ良いのに」 「使えない人がいても効率が下がるだけなんで。あ、それこっちにください」 「はいよ。委員長的には俺はどう思う?」 「口を動かしてても手を止めることがないのでそれなりには使えるのかと」 「それなり、か。結構言うな」 くくっと喉で押し殺したように笑う。 失礼なことを言っている自覚はあるけど、どうやら彼は気にしてないらしい。それどころか楽しそうだ。 てか今更だけど、誰だこれ。なんであたしが委員長だって知ってるの?ちらりと正面に立つ彼に視線を移す。 日に焼けたのかはたまた生まれつきか。ついでに何かスポーツでもやっているのか、程良く締まった黒い肌。 あたしより幾分高い位置にある頭にこれまた黒い髪。眼つきは多少鋭く、この顔で凄まれたら大抵の女子供は泣くだろう。 緩く結ばれたネクタイの色から同学年ということはわかるが、あたしはこんな人知らない。他のクラスの人だ。 訝しげなあたしの視線に気づいたのか、彼はまた楽しそうに喉を鳴らした。(その笑い方は癖なのか)どうせ堪え切れないんだったら普通に笑えば良いのに。 「俺がなんでアンタのこと知ってんのか不思議か?」 「…」 「。入学式で生徒代表だったろ」 「あぁ、…でもなんで委員長だって?」 「アンタのクラスに知り合いがいてな、俺が好きそうな女がいるってご丁寧に色々聞かせてくれんだ」 「……」 「別に取って食ったりしねーよ」 「何も言ってませんけど」 「そう言う顔してたぜ?」 「地顔です」 「そーか、そりゃ悪かった。…そういや委員長っていつも敬語なんだって?そんで何かを頼まれたら断らないお人好し」 「それが何か」 「別に。ただ、それにしちゃ違和感があると思ってな」 「…どういう意味ですか」 「気になるか?」 …なんだ、これ。見透かされているような感覚に眉を寄せる。 続きを聞きたいような聞きたくないような、自分でもどちらを選択するべきかわからない。 ――いや、本当はわかってる。 頭の中で激しく警鐘が打ち鳴らされているのにも関わらず、吸い寄せられるようにかち合った瞳が逸らせない。 鋭い眼をした男は楽しげに口角を上げ、ゆっくりと口を開いた。 「アンタほんとは口悪いだろ。お人好しってのもただ断るのが面倒で黙ってるだけ」 「…」 「何も言わないってことはアタリか」 「……」 「教師受けは良いに越したことねーよな。腹ん中で誰を貶そうが口にしなきゃ良いんだし」 「…だったら何?あなたが誰に何を言ってもあたしは構わないし、別に他人に好かれたいわけでもないからどうでも良い」 「じゃあ何で猫被ってんだ?」 一度捕らえたら離さない鋭い爪、離れた場所からでも獲物を見つけられる、(…たかの、め) ……コイツ、嫌いだ。 自分を偽るのに大した理由はないけれど、その理由を初対面の人間に話すつもりもない。気に入らない相手なら尚更。 あからさまに眉間に皺を寄せてみても、目の前の男はやっぱり楽しげに笑うだけ。 そもそも何であたしまともに相手してるんだ? 売り言葉に買い言葉とはいえ、適当に流すか無視するかすれば良かったのに。 イライラしたまま目の前の男を睨みつけるけど、やっぱり見透かされるような感覚を覚えてたじろいでしまう。悔しい。 ぶつかっていた視線を意識的に逸らす。静まり返った室内に響くのは、相変わらず押し殺したような、 「アンタ、知り合いに似てんだ。だからちょっと興味があっただけで他意はない」 笑いを含んだ声だけれど偽りを紡いでいるようには聞こえない。 初対面の相手に何をと思うが、そう思ってしまったんだから仕方がないのだ。 それに、渦まいていた苛立ちも驚くほどあっさり消えてしまったみたいだし。 …だけど、若干からかわれたような雰囲気に新たな苛立ちを覚えるのも事実で。 生憎とあたしは人に遊ばれて黙っているようなタイプじゃない。やられたらやり返す。十数年生きてきた中で培ったあたしにとっての常識だ。 「……奇遇ですね、あたしの知り合いにもあなたみたいな人がいますよ」 「そりゃどんな?」 「一見ラスボス数歩前の悪役。他人の失敗を見てにやにやしているような性悪男」 「へぇ、」 「―でも、実は情に脆くて身内に甘い。勘違いされやすいだけの世話焼き体質。悪く言えばお節介、良く言えば親切」 「…まとめると?」 「ここぞというときに頼りになる優しい人」 「……そりゃまた、随分褒めるな」 「同じくらい貶しましたけどね」 きっと本人に言ったら殴られる。…そう考えると、彼の方が甘いかもしれないな。 目の前にいる一見強面の男はやっぱりくつくつと笑うだけで不機嫌な素振りはちっとも見せないのだ。まさか貶され慣れてるの? あぁでもどうやらあたしは彼の知り合いに似てるらしいから、口が悪い人の耐性でもあるんだろう。 一体どんな人なのかと想像を膨らませる。あたしに似た人……うわあ、絶対会いたくない。口許がやわらかく歪む。 「委員長って、…」 「何ですか?」 「…いや、なんでもねぇ。その男ってアンタの彼氏か?」 「……」 「っく、すっげぇ顔」 「ご理解いただけたと思いますがたとえあの人とあたしがどうにかならないと地球が破滅すると言われようがあり得ない」 「散々な言われようだな」 「あっちも似たようなことを言うと思うのでお互い様かと」 言いながら最後の一つをホチキスで留める。ガシャン。一際大きな音が響いた。 「これで全部終わりです。ありがとうございました」 「別に俺は暇つぶししてただけだぜ」 「…それでもあたしは助かったので」 「そーか。んで、これどこに持ってきゃ良いんだ?」 「職員、……自分で運べますから」 「転けそうになってたやつの台詞じゃねーな」 「あ!…れは、バランスを崩しただけで……そもそもあなたが「黒川」…?」 「黒川柾輝だ。忘れんなよ、」 ひょいっとダンボールを持ち上げた彼は、あたしの返事も待たずに踵を返す。 ……なんだ、普通に笑えるじゃん。 一人残されたあたしは一度目を伏せて、手早く片付けを済ませれば消えた背中を追う為に駆け出した。 くらり、眩む (渦まく心をさらりと隠す。まるでたかのようなひと) --------------------------------- 第四段は黒川くん。 さっぱりとした軽口と飄々とした態度で煙に巻く……書 け る か ! (笑) 本当にさらりと気配りができてしまう人だから、スマートすぎて一瞬気づかない。そして彼も気を遣っているつもりはない。 だって普通にしてるだけだもの。自然体が男前。てかさ、この人が本気になったら誰も敵わないよね。 口は悪いし愛想もない。だけど責任感のある委員長が誰かさんと重なって気になったり。そんな高校一年生。 |