……、え?これ、何の冗談?



幼馴染




行きたい場所。夏なら北海道、冬なら沖縄。 暑いのも寒いのも苦手なあたしは昔からそんな風に思ってた。
親戚がいるわけでもないし旅行に行くほど裕福でもないからどっちも行ったことなかったけど、
高校二年の冬、寒さの和らぐ(てか日中はうっすら汗ばむ)念願の沖縄に修学旅行で訪れています。
飛行機に乗るのだって初めてで、綺麗な海や初めて見る景色に胸を躍らせたり戦争の話に心を痛めたりしてたんだけど、ね?


「試しにでも良いから、付き合ってみない?」


……ええと、なにがどうしてこうなった?
明日東京に帰るから同じ部屋の友達と荷物の整理をしてて、友達がちょっと隣の部屋行って来るねって出てったのが五分くらい前。
オートロックが面倒だからドアは開けたままにしてて、そのドアが突然閉まったのが数分前で、
顔を上げたらドアの前を塞ぐように、…誰だっけ?(クラスメートじゃないし関わったことないから知らない)(名乗られてもない)
わかんないからAくんで良いや。許可もしてないのに勝手に入ってドアを閉めたAくんがあたしを見下ろしてたんだ。

「大丈夫?」

あぁ駄目だ状況整理するふりして現実逃避しようと思ったけど逃げ切れなかった!
ぺたりと座り込んだまま荷物を整理する手を止めたあたしに、Aくんは首を傾げてにっこりと笑いかける。
結人…違う、潤慶みたいだなあ。爽やかで人懐こい感じだけど、なんていうか、……うん。

「……あの、何であたしなの?」
「突然告白されて迷惑?」
「ええと、そういうわけじゃなくて…、」

質問を質問で返さないで欲しい。しかもその言い方はずるいと思うの。
潤慶もよくこんな風に質問を質問で返してきたけど、あたしが黙り込めばにっこり笑って答えを教えてくれた。
…あぁ、そういえばあたし、潤慶のことちょっと苦手だったんだよなー。
嫌いなわけじゃなかった。あり得ない。一人っ子のあたしには優しいお兄ちゃんが出来たみたいで嬉しかったもん。
大好きな幼馴染の親友の従兄。
似てるけど似てなくて、いつも笑顔で話し掛けてくれるし困った時はすぐ助けてくれる頼りになる人。
……なんでかなあ。ちょっとした会話の中でも心を探られてるような気がして、見透かされてるような気がして、

は一馬が好きなんだね。

こっそり耳打ちされた時のことは今でも鮮明に覚えてる。
慌てるあたしに悪戯っ子みたいに笑うでもなく、どこか――そう、切ないくらい綺麗に微笑んだ潤慶の顔。
その後すぐに楽しそうに笑って「誰にも内緒にするから安心して」と頭を撫でてくれたんだ。
潤慶のあの顔は……、


さん、返事もらえるかな」
「…、え。……あ、ごめんなさい」
「そんなはっきり言われると傷つくなあ」
「え?あ、そういう意味じゃなくて…いや、違わないけど、」

Aくんを放置で考え込んでたことに対しての謝罪だったけど、どっちにしろお断りするのは変わらない。
よく知らない人でも好きになってもらえるのは嬉しい。でもそれだけだ。それに、

「俺これでも結構モテるんだけど…駄目?」
「駄目って言うか、ごめんなさい」
「…もしかして好きな人いる?」
「へ?いないけど」
「だったら良いじゃん」

いや待てそうじゃないだろ。一瞬でも似てると思ってごめんね潤慶。ぜんっぜん似てなかった!
この手の強引さは好きじゃない。一見ジャイアニズム溢れる結人だって引き際は心得てるよ。
吐き出しそうになる溜息を飲み込んで耳慣れたメロディーを奏でた携帯を合図に立ち上がる。 片付けの続きをする為にもAくんにはご退場頂こう。

「今のところ誰かと付き合いたいとは思わないし、そもそも罰ゲームの告白にOKなんてするわけないでしょう?」

にこりと笑って告げれば、目の前の彼は驚いたように目を丸くした。
何か言おうと口を開く前に隣を通り抜けてドアを開ける。…お、知ってる顔発見。

「……。ねぇ加藤くん、あたしが冗談通じるタイプで良かったね」
「ご、ごめん!俺は止めたんだって!頼むからアイツには言わないでくれ…!」
「今回は見逃してあげる。てか知られたくないならもう戻らないと、そろそろあの子戻って来ると思うよ」

もうすぐ同室の子が観たがっていたドラマが始まる時間なのだ。
部屋の外で様子を窺っていた加藤くんと愉快な仲間たちに今度こそ溜息を吐き出して、部屋の中で突っ立っているAくんを振り返る。
彼はあたしの顔をまじまじと眺めた後、にっこりと笑った。

「騙してごめん。だけど、俺さんみたいな人タイプだよ」
「ありがとう。でもあたしはタイプじゃないや」

冗談っぽく笑えば「それは残念」と楽しそうに肩を竦めて、加藤くんたちと一緒に去って行った。
…うん、爽やか。モテるっていうのはほんとなんだろうな。
部屋へと戻りライトが点滅するだけで静かになった携帯を取り、かちりかちりと操作する。
着信アリを示す携帯にどうしようかなと眉を寄せること数秒、少し前に鳴り響いたのと同じメロディー

「……、もしもし。…うん、もう帰った。教えてくれてありがとう」

耳慣れた涼しげな声に口許が僅かに緩む。
修学旅行で告白は定番だし、罰ゲームも定番。そして、罰ゲームで告白なんて定番中の定番だ。

罰ゲームで告白されるから気をつけなよ

たったそれだけのメールだったから誰が来るのかは知らなかったけど、事前に教えてもらって助かった。
加藤くんと英士は同じクラスだし罰ゲームのことを知ってたなら英士もその場にいたんだと思う。
教えはするけど止めないのが英士らしいというか、……感謝してるけど。
傷つけてしまうかもしれない酷い罰ゲームだけど、お陰で潤慶のことも考えられたし、そう悪くはなかったかな。

「ねぇ、今度潤慶が日本に来ることがあったらあたしにも教えてね」

優しい人、強い人、頼りになるお兄ちゃん。
あの一瞬の表情は、いつか見た泣きたくなるように綺麗な英士の笑みに良く似ていた。
(きっと潤慶は英士の想いにも気づいてたんだ)(…だからあの時あんな顔で笑ったんだね)