英士の言葉は静かだけど確かな破壊力を持つ。 幼馴染 「三回目」 「…え?」 「溜息。いい加減耳障りなんだけど」 なんだろう、これは謝った方が良いのかそれとも数えていたことに突っ込むべきなのか微妙なところだ。 斜め前に座っている英士はあたしの小さな葛藤なんて興味がないとばかりに頬杖をつく。 「えーと、ごめん」 「形だけで謝られてもね。溜息の原因が解決しないと意味ないでしょ」 「…また結人が妙なドリンク作ってるのかなって。二人とも戻って来ないし」 「気になるなら止めに行けば。というか、いつもだったらそうしてるよね」 「……。今日はちょっとドリンクバー遠いし、動くのが面倒で」 「最近のは何かを考え込んでるみたいだって聞いたんだけど、過保護な一馬の勘違いだった?」 「………。卑怯」 「なんとでも」 相変わらずあたしはその名前に弱いのだ。 少しだけ顔を顰めつつも白状すれば、英士の手で隠れていない方の口角が斜めに持ち上がった。 (したり顔がムカツク)(でもこれ以上文句を言っても無駄なので我慢) 「まあ、が何を悩もうが勝手だから放っておけばって一馬には言ったんだけどね」 「じゃあ英士だって放っておけば良いのに」 「放っておくにもそんな顔で目の前にいられたら気分が悪い」 「…そんな顔って?」 「鏡でも見れば」 「……」 「それで何が原因なの。これ以上の所為でこの場の二酸化炭素は増やしたくないからさっさと言って」 何だその言い分は。 妙なこじつけをしなくても一馬の名前を出された時点であたしが口を割ることくらいわかってるくせに。 滑り出しそうになった意味のない二酸化炭素をぐっと飲み込んで、今度は意味を持たせて吐き出す。 「………。進路、どうしようかと思って」 顔を見て話すことが出来ずに視線を下げる。 小さな頃から将来の目標をしっかり見据えていた幼馴染たちと一緒に過ごしていたにも関わらず、あたしの将来は白紙だった。 勿論、小さな頃には色んな夢を抱いたけれど、でもそれは一時の夢であって目標にはならなかったのだ。 やりたいことがわからずに将来の目標や希望が見つからない。(白紙の紙は埋まらない) まだ二年とは言え目標によって受験先だって変わるのに。少し前にそのことに気づいて、それからはずっともやもやと考え込んでいた。 「…将来の目標を明確にしている人なんてそう多くはないよ」 「……わかってるけど、」 「一馬とを比べたって無駄だろ」 静かな声に顔を上げ、そして相変わらず頬杖をついたままの英士から向けられる淀みのない視線に一瞬で囚われた。 「はずっと隣で一馬を見てたから錯覚してるのかもしれないけど、特殊なのは一馬の方。世間一般でいえば少数派は俺たち」 「…うん、」 「好きなものを仕事に選ぶ人もいれば選ばなかったり選べない人もいる。それに高校卒業後の進路でその先の全てが決まるわけじゃないだろ」 「……でも、大きな選択ではあると思う」 「否定はしない。だけど大学に進んでそこで考えるって選択もあるよ」 「……。先延ばしにするってこと?」 「言い方が悪いね。視点を変えて視野を広げる、とでも言っておこうか」 見えていた世界ががらりと変わった。その一言で、あたしの世界は広がったんだ。 ……英士ってこういうの上手いよね。言い方一つでこうも変わるのか。 きっとあたしは一馬たちに置いていかれる気がして焦っていて、何もない自分がどうしようもなく駄目に見えたんだ。 マイナスに考え過ぎてた。なんであたしの思考回路ってネガティブに偏ってるんだろう。 何だか悔しいけど、渦まいていたものを吹き飛ばせたのは英士のお陰だと認めるしかない。 相談に乗ってもらったようなものだし素直にお礼を言おうと思って、やめた。楽しそうに微笑む英士に嫌な予感。 「あぁそうだ。結人が特性ドリンク持ってきたら俺の分もにあげるよ」 「いらない」 「遠慮しないで」 「……英士って人に何かをあげるのが好きなの?」 「それはでしょ」 コノヤロウと思いつつ笑顔を浮かべ皮肉を返せば更に返されて笑顔が引き攣る。 あたしは誰かさんみたいに妙なドリンクを人に押し付けたりしません!――言おうとした言葉は、それより早く紡がれた言葉に砕かれた。 「は人に手作りのお菓子をあげるのが好きなんだと思ったけど、俺の勘違いだった?」 また一つ、広がる世界。 ……なんで英士って、意地の悪い言葉と優しい言葉を同じ響きで言うんだろう。 若干イラッとするような意地の悪い表情まで同じなんだから、どう反応して良いのか困ってしまう。 口を開く前に二人が戻って来てそれどころじゃなくなったけど。 (損してると思う)(でも、だからこそ沁みるのかも) |