見慣れない表情は落ち着かない。



幼馴染




「……それで、結局どうなったの?」
「笠井さんが撃退したよ。呼び出されたときからずっと携帯で録音してたみたいで、次やったら教師にばらすって」
「あのマネージャーならそれくらいやるだろうね」

笠井さんは都選抜が発足したときからのマネージャーで、今回彼女を呼び出したのは先輩たちだった。
受験を控えている先輩方への脅しは効果抜群。終いには青い顔をして退散していった。

この話を英士にするのはどうかとも思ったけど、また笠井さんに何かあったら困る。
証拠を奪おうとしてくるかもしれないし、間接的な嫌がらせがあるかもしれない。
そうしてうだうだ悩んだ結果が今に至るのだ。
ちなみに笠井さんはあたしにお礼と謝罪を述べて、それ以上は特に何を言うでもなく帰って行った。
「巻きこんでごめんなさい。庇ってくれてありがとう」
先輩たちがいなくなった後、あたしに向き直って頭を下げた彼女は少しだけ困った顔をしてた気がする。
庇ったというか勝手に飛び出しただけなんだけど……(悪いことしちゃったかなー)(一人で何とか出来たっぽいし)


「…笠井さん大丈夫かな、」
「人のことより自分の心配しなよ。今回のでも顔覚えられただろうし、それに思い切り叩かれたんでしょ」
「叩かれたって言うか…まあ、背中だし平気だよ」
「痛くないの?」
「ちょっとヒリヒリする程度?赤くなってるかなー」
「見てあげようか?」
「セクハラですよ」

涼しい顔してなに言ってんだか。
楽しそうに口許を歪めた英士には呆れるしかない。はあ。幸せが逃げる音。
そんなあたしを気にも留めずに、けれども少しだけ真面目な声に顔を上げる。

「脅しのネタがあるマネージャーはともかく、が何かされたらどうするの」
「あ、それなら大丈夫。あたしは何もされないよ」
「なに、根拠でもあるの?」
「うん。だって英士が上手く立ち回ってくれるでしょ?」

呼び出し云々を話したときと同じように目を瞠った英士ににこりと笑う。
二度と、とはいかなくとも当分こんなことが起こらないようにしてくれるだろう。
それを見越して委員会に遅れた理由を正直に話したんだ。てか、じゃなかったら態々こんな嫌な話をするわけがない。
だって自分の所為で誰かが傷つけられるなんて、誰だって嫌でしょう?
ポーカーフェイスが得意な英士だけど、話を聞いてるときの英士の表情は曇ってたと思う。

「俺って随分信頼されてるんだ」
「まあ一応、付き合い長いわけだし。英士が頼りになるのは知ってるから」
「そう。…三年だっけ?」
「うん」
「わかった。後はマネージャーに確認してどうにかしとく」
「お願いします」

ぺこりと小さく頭を下げる。
これできっと大丈夫。疑うことなくそう思ってしまうあたしは、隣に座っている男を心底信頼してるらしい。
…なんかちょっと複雑だ。
生まれてからずっと一緒の一馬ほどじゃないけど、英士との付き合いが長いのはほんと。
英士だって幼馴染と言えるだろうし、そんな彼が昔から頼りになる人だというのもほんとなのだ。……でも、

あたしが英士に抱く感情は色んな物が混ざっていると思う。

一馬のことはずっと好き。結人は偶にデコピンの一発でも喰らわせたくなるけどやっぱり好き。
潤慶とは一緒に過ごした時間は少ないけど、優しくって頼りになるお兄ちゃんみたいで好き。
そして英士は、……なんだろう。一馬に彼女が出来たあの日までは普通に好きで、でもその後からは嫌いだったり憎らしかったり、色々。
何度も大嫌いだと思ったのに、それなのに根本的な部分は変わってないんだ。
じゃなかったらこんな安心感はない筈。英士に話しただけでもう大丈夫だなんて、そんな、


、」
「…え?」
「聞いてなかったでしょ」
「あ、うん。ごめん」

どうやら話し掛けていたらしい英士だけれど、何にも耳に入ってなかった。
素直に謝って改めて英士に向き直る。また聞いてなかったなんてことになったらどんな嫌味を言われることか…!

「今度からは一人で何とかしようとしないでまず俺に教えて」
「…今度なんてあるの?」
「もしもの話だよ。俺の所為でに怪我なんてさせたくないし、俺の知らない場所で何かあっても困る」

「…ほんとは今日だって駆けつけて助けたかったのに……。俺はヒーローには向いてないみたいだね」

が話してくれなければ俺は何も知らずに過ごしてたんだ。俺の所為なのに、馬鹿みたい。

歪んだ笑みを浮かべて目を伏せる。
英士の所為じゃないよ。零れそうになった言葉を飲み込んだ。
だって英士はこんな言葉望んでいない。許された方が辛い時だってある。
だからと言って、英士の言う通りだと罵ることも出来ないけれど――。

「…英士には英士のやり方がある。それで良いんじゃないかな」
「……俺のやり方?」
「うん。ピンチに駆けつけて助けることが出来ないから、英士は英士の方法で守ってたんだよね」

中学の頃から英士はあまり女子と話すことがなかった。
それは、自分と関わることでその女の子が何かをされないようにしてたんだろう。
自分で言うのもなんだけど、英士は前からあたしのことが好きらしいから中学に好きな子はいなかった筈。
でもきっと友達として気の合う人はいた筈だ。男子とか女子とか関係なく、人として好き。
そういう人とも距離を置かないといけないのは、あたしだったら嫌だなあ。

「正面から堂々と助ける人だけがヒーローじゃないよ」

「……そういえばのヒーローも不器用だったね」
「もしかして一馬のこと?」
「それ以外に誰がいるの」
「結人と潤慶と、英士」

ぱちりぱちりと瞬きを繰り返した後、英士は少しだけ眉を寄せて口許をやわらかく歪めた。
(英士が一般的なヒーロー?)(柄じゃないよね)