作り物の世界でしか見たことのない光景を、まさか実際に見ることになるなんて…。



幼馴染




「郭くんってモテるのに誰とも付き合わないよね」

突然飛び込んできた話題に飲んでいたお茶を噴きそうになった。
幸いにも話に夢中な女の子たちはそんなあたしの珍行動には気づくこともなかったけれど。
ばっくんばっくんと喧しい心臓の音。素知らぬ顔してペットボトルから口を離す。

「それ以前に郭くんと仲良い女子っていた?」
「うーん…中学のときもそうだったけど、郭くんが女の子と話してるところはあんまり見ないなあ」
「そういやは去年同じ委員会だったよね?あ、今年もだっけ」

話を振られて内心ビクつきながらも不自然にならないように頷く。
あたしがクラスの違う英士と同じ曜日にカウンター当番をしているのは既に知られているので隠すこともない。

「当番のときに何か話したりする?」
「挨拶くらいはするけど、他はそんなに。宿題やったり本読んだりが殆どだし」
「そっかー」
「…それより、なんで急に郭くんの話なの?」
「あ、は知らないよね」
「?」
「部活の先輩がね、郭くんに告白したけど振られちゃったの。すっごい綺麗な先輩なのにさ。勿体ない」
「それあたしに話しちゃって良いの?」
「平気平気。先輩部活で普通に話してたし」
「ほんとに気にしなくて大丈夫だよ。ちゃんは帰宅部だから知らなかったみたいだけど、部活組は知らない人の方が少ないくらいだもん」
「てか先輩が広めてたよね。笑い話にしてたみたいだけど」

勝手に噂を広められるのは良い気分ではないだろうと思って眉を寄せるけど、
口々に大丈夫だと笑顔で言われたので取り敢えず頷いておく。
というか、本人が広めたなら気にしなくても良いのかな。もう一人がどう思うかはわからないけど。

「先輩のことは置いといて、問題は郭くん側かな」
「どういうこと?」
「郭くんが誰とも付き合わないのは好きな人がいるからじゃないかって話があってさ」
「好きな人……、」
「そ。そんで一部の過激派な女子が騒ぎだしちゃってね。だから郭くんと仲良くしてる女子は危ないかも」
「過激派って」
「恋は盲目って言うじゃん?女の子は怖いよー。てかモテるのも考えもんだね、可哀想に」
「もしかしたらそういうのがあるから郭くんあんまり女の子と話さないのかもしれないね」
「ま、そーいうことだからも一応気をつけなよね!」
「えっ、なんであたし?」
「二年連続で同じ委員会でしょーが。ま、アンタが今年郭くんと一緒に当番やってる理由は広まってるから大丈夫だとは思うけど」

まさか英士とあたしの関係がバレたのかと驚いたのは一瞬で、続いた言葉に苦笑い。
たかが週に一度、放課後の数十分を一緒に過ごすだけで危ないのか。恐るべき恋する乙女パワー。
こういった面倒事を危惧して入学早々英士と無関係を装っていたけれど、これはあたしの想像以上に厄介かもしれない。
それにしても、好きな人、か……。
ぐるりと回り始めた渦を掻き消すように、残りのお弁当を口の中に押し込んだ。



「一年のときからアンタが英士くんの周りうろちょろしてんのは知ってんのよ!」
「みんな我慢してんだからさ、自分だけ抜け駆けしようとすんなっつーの!」

耳を劈くような罵声に眉を顰める。一体全体なにがどうなってこうなったんだ。
責め立てる声を言葉として理解するのが困難で、耳障りな音は音のまま右から左へ流れていく。
ぼんやりとしていたからだろうか、どんと胸を押されよろめいた背中が壁にぶつかる。
痛い!思わず目を瞠って、けれどもその衝撃によって止まっていた脳が再び動き始めた。

「黙ってないで何か言ったら!?」

雑音として認識していた音が言葉となって鼓膜を揺らす。理解したと同時に、閉ざしていた口を開いた。

「―じゃあ遠慮なく。自分の仕事をして何が悪いんですか?抜け駆けとか言われてもさっぱり意味がわかりません」
「しらばっくれてんじゃねーよ!迷惑だと思わないわけ!?」
「迷惑?それはこっちの台詞。クダラナイ妨害の所為で選手との連絡を怠って玲さんに失望されたらどう責任取ってくれんの?」
「はあっ?」
「わたしはマネージャーでかりあ、…郭くんは選手。それ以上でも以下でもないしぶっちゃけ仕事以外で関わろうとも思わない」

「大した興味もない人間のことで手間取らせないでくれますかメンドクサイ。わたし、これでも忙しいんで」


――開いた口が塞がらない。
本来止めに入る為に開いた口は、言葉を発することもなくだらしなく開いたまま。

図書室に向かう途中で聞こえた複数の怒鳴り声に驚いて外を見て
怒鳴っている女子たちに囲まれている小柄な女の子が見知った人だと気づいて深く考えるでもなく駆けてきたのだけれど、
(もしかしてあたし、必要なかった?)(現に何も出来ずに立ち尽くしてる)

「用が済んだならもう行って良いですか?」
「……なっ、なんなのアンタ…!」

あたしと同じく固まっていた人たちの一人が真っ赤な顔で手を高く振りかざした。
あんな勢いで叩いたらあの子の華奢な身体なんて吹っ飛んじゃう…!
生憎とあたしの頭は咄嗟に機転を利かせてこの場を何とかするようなことは出来なくて、
あたしに出来たのはただ、二人の間に飛び出してあたしよりも小さな身体を抱きしめること。

ぎゅうっと抱えた腕の中で驚きと戸惑いを足した声が漏れる。
手をあげた人に背中を向けているから、あの手がどこにぶつかるかはわからないけれど顔が腫れる心配はないだろう。
(でも痛いのは嫌だなあ)(そんなこと考えるあたしって、案外余裕があるのかも)