痛い痛いで終わらないで、あたしはその先に進まなきゃいけないんだ。
…だって、これからも一緒に笑っていたい。



幼馴染




「なんだよ、英士だって…!」
「結人がっ!」
「俺に言わせればどっちもどっち。大事だ何だ言うんだったら本人の前で言い争うのは間違ってるんじゃないの」
「「…あ、」」

いつもと変わらない淡々とした英士の言葉にささくれ立っていた二人の雰囲気が一変した。
ゆっくりと瞼を持ち上げれば自然といつもの定位置であるあたしの正面に座っている英士が映る。

「結人はまず悪ノリし過ぎ。一馬にこの手の冗談が通じないのは今に始まったことじゃないんだから、噛み付かれたくらいで熱くなるな」
「……へーい」
「一馬も、結人のおふざけなんて今に始まったことじゃないでしょ。真に受ける前にもうちょっと頭働かせなよ」
「……悪い」
「二人とも頭冷やしにコンビニまで行ってきたら?…あぁ、勿論自己負担でお詫びの品くらい用意してくれるんだよね?」
「…一馬、お前いくら持ってる?」
「……結人は?」

多少ぎこちなさはあるものの言い争っていたときとは全く違う表情で顔を合わせた二人は互いに財布の中を確認し始めた。
それから二人揃ってバツの悪い顔でこちらをくるりと振り返る。

「…ごめん
「冗談のつもりがうっかり」
「……やだ、許さない」

静かに、視線を落として告げれば、息を呑む音が二つ。
それに満足したあたしは、小さく笑って――「でも、」

「ハーゲンダッツのドルチェ食べれば忘れるかも」

「よっしゃ任せろ!」「行ってくるな!」顔を明るくさせて立ち上がった二人を見てにっこり笑う。
それから、ばたばたと慌ただしい足音が遠ざかって行くのを聞きながら深く深く息を吐き出した。
……頭を駆け巡るのは、耳にしたばかりの言葉たち(おさななじみいがいに、)


「なんで戻ってきたの」
「マフラー忘れた。…それと、」

英士の声に再び開いたドアへ視線を移す。
苦笑を浮かべて立っていたのは結人で、目が合うと失敗したみたいな笑みを浮かべた後にばちんと顔の前で両手を合わせた。

っマジごめん!」
「え?」
「…俺のこと嫌いになった?」
「……そんなわけないでしょ。あたし結人のこと大好きだもん。気にしてくれてありがとね」

手を合わせると同時に閉じた瞼を、恐る恐る持ち上げて訊ねる結人のことを嫌いになるわけがない。
その場凌ぎではなく本心からの言葉を告げれば、今度は太陽みたいににっかしと笑った。
(結人は色んな笑顔を持っている)(あたしはこの笑顔が一番好きだ)

「俺ものこと大好きだぜ」
「ん、ありがとう」
「―結人、最低限のルールくらいわかるでしょ?」
「…おう。しっかりフォローさせていただきます」
「じゃあさっさと行きなよ。それと、俺へのお詫びも忘れないように」
「英士にもかよ!」
「当然」

英士の言葉にうげっと顔を歪めた結人はマフラーを首に巻きつけて玄関で待つ一馬に催促される前にと慌てて出て行った。


「泣く?」
「…泣かない」
「ふうん」

つまらなそうな口ぶりとは裏腹に、口許は楽しげなカーブを描く。
英士がいなかったら泣いたかもしれない。きっとそれは、口にせずとも英士も気づいているんだ。
……あれ?ナイフを手に取った英士にぱちりと瞬きを一つ。
英士はあたしの視線を気にすることもなく、切り分ける前の、すでに半円以下になっていたケーキにナイフを入れる。

「……英士、生クリーム嫌いじゃなかった?」
「好きじゃない」
「お腹空いたんだったら一馬たちが帰って来るの待てば良いのに」

てかケーキの前にピザとか色々食べたのにまだお腹空いてるとか…。
三人の中で一番細身の英士だけど、やっぱり日頃運動してるだけあって食べる量は多いんだよなあ。
生クリームに眉を寄せつつも黙々とケーキを食べる英士を見て、そういえばあたしもケーキを食べてる途中だったと思い出す。

「…あのさ、英士」
「なに」
「ありがとう」
「…お礼なら甘くないお菓子で良いよ」

それはつまり作れってこと?
過去に英士が眉を寄せずに食べていたお菓子を思い浮かべながら、どうしようかと眉を寄せた。
(日持ちもするしクッキーで良いかな)(でもいつ渡そう…明日?)