言われるまでもなくわかりきったことだった。それでも、



幼馴染




かしゃんと食器が音を立てる。
耳にした言葉を口の中で反復していたあたしは、その音に漸くはっとして視線を移した。


「ふざけんなよ」


さっきと同じ。正確には、語尾が一つ増えた静かな声。
付き合いの長さでこれは怒っているんだと理解して、俯いていた顔が持ち上がったときにそれは確信へと変わる。
――だけど、どうして?
静かな怒りはやがて膨らみ、その声は鋭さを増す。

「そんな理由でと付き合うとか言ってんじゃねぇよ」
「…。なーに怒ってんだよ一馬」
「お前がふざけたことぬかすからだろ。いくら結人でもそんな理由でと付き合うんだったら許さない」
「そんな理由って?お互いフリーで好きか嫌いかって言えば好きなんだから、付き合うんだったら丁度良いじゃん」
「だから丁度良いとか、そんなふざけた理由で付き合うなって言ってんだよ」
「別にふざけてねーけど。嫌いじゃないから、楽しそうだから、付き合う理由なんてこんなもんだろ」
をお前みたいな軽いヤツと一緒にすんな」

その一言で結人の顔から笑顔が消えた。
拙いと思って口を開くより早く、結人の冷たい声が放たれる。

「は?…お前なにマジになってんの?」

「そーやって当たり前の面して隣にいるけど、お前何様?」
「幼馴染だよ」
「幼馴染だろ、ただの。俺が軽いならお前は重過ぎ。恋愛にまで首突っ込んで、幼馴染がそんなに偉いってか?」
「っ、結人に俺との何がわかんだよ!」
「わかりたくもねぇよ」
「だったら余計な口挟むな」
「それを言うならお前もだろ、一馬」
「あ?」
「誰ととかどんな理由でとか、それを決めんのはで、父親でも兄でも…況してや彼氏でもないただの幼馴染が口を挟むことじゃねぇ」
「!…、でもそれは、が大事だから、」
「ふうん。―お前さ、いい加減気づけば?」
「なにをだよ」
「ヒント、一馬はに何でも求め過ぎ。大事だ何だ言ってっけど、ほんとはそうじゃないだろ」
「…意味わかんねぇ……。俺はただが大事なだけで、…幼馴染を大事に思って何が悪いんだよ」

響いた音の静けさがやけに痛くて泣きそうになった。
止めなくちゃいけないのに声が出ない。
二人の喧嘩なんてじゃれ合いのようなものだし、サッカーが関われば本気で意見をぶつけ合うのも珍しいことじゃない。
でも、こんな風に空気がささくれ立つようなものを見るのは初めてだ。
向けられてるのはあたしじゃないのに、それでもじくじくと突き刺さる痛みにじわりと視界が歪む。

「悪いだろ。大事大事ってそれ理由になんでも口挟んで、幼馴染サマが彼氏気どりじゃん」
「違う!」
「なにが違うって?言ってみ」
「それはっ…!」
「…そういう中途半端なところが悪いって言ってんだよ。逆に聞くけど、どんな理由ならと付き合って良いわけ?」
「丁度良いとかそんなんじゃなくて、ちゃんとを好きなヤツで、が選んだ相手なら誰でも」
「ちゃんとって?」
「だからそれは、……」
「……結局さ、一馬はが誰と付き合っても許せないんじゃねーの」
「んなことねーよ!俺はただ、が傷つくのが見たくないだけで…!」
「だから恋愛にまで首突っ込むってか?幼馴染として?――ばっかじゃねぇの。そうやってを傷つけてんのはお前だろ一馬っ!」
「っなんで俺がを傷つけんだよ!」
「じゃあお前はずっとを守るのかよ!」

目の前の喧騒が遠ざかって、どこか深い場所でなにかが壊れて行く感覚
もういい。もうやだ(聞きたくない。聞かせないで)(言わないで。言わせないで)
固まってしまった身体を動かすのは容易ではなくて、酷く重たい瞼を落とすだけで精一杯。

「幼馴染以外になるつもりなんてねーくせに!」

だから、突き刺さる言葉の衝撃は予想出来ていた。
――ただ、予想外だったのは、


「二人ともいい加減にしなよ」


幾重にも重なると思っていた衝撃がぴたりと止んだこと。
(閉ざした瞼が緩む)(きっともう大丈夫)