サッカーのことはわからないけど、あたしにだってわかることはあると思う。 幼馴染 久しぶりに訪れた家の前で少しだけ躊躇してインターホンを押す。 最後に来たのは小学生のときだっけ? ぼんやりと記憶を辿っている間に引き戸になっている玄関の扉が開いて、久しぶりに見た顔が驚いたように固まる。 そんな珍しい姿にあたしは少し笑って、どうしてあたしがここにいるのかを説明する為に口を開いた。 全ては担任の一言から始まったのだ。 「、ちょっと良いか?」 帰りのSHRが終わっていざ帰ろうと席を立った時、少し前まで教卓の前に立っていた担任に呼びとめられた。 何ですかと首を傾げれば、まあちょっと職員室までとか言われたから何事かと思ったけれど、 「悪いんだけどこれちょっと郭の家まで届けて欲しいんだ」 「……。郭って、郭くんですか?」 「うちのクラス以外に郭はいないぞ」 「…どうしてあたしに?郭くんと仲の良い人とか家が近い人とかに頼めば良いじゃないですか」 「いやあ、先生もそう思ったんだけど郭ってあんまり仲の良いヤツがいないみたいでなー」 性格に難はあるが成績面や運動面、なにより見た目が良い英士は一部の女子からアイドルのような扱いを受けている。 でも、半年以上同じ教室で過ごしているからかクラス内ではそうでもない(一部では妬みやら憧れやらあるけれど) サッカー関連でちょっとした有名人である英士をとりわけ特別視はしていないし、一クラスメートとして接していると思う。 ――だけど、英士はクラスに馴染んでいない。 クラス仲は良好で男子と笑いながら話してる姿も見たことがあるから一見わかり難いが、英士は周りから一歩引いて壁を作っている。 あたしがそのことに気づいたのは、一馬たちといる英士を知っているから。 まさか担任がそれに気づいていたなんて意外で、あからさまに驚いてしまった。…だって先生やる気ないし。 「これでも一応担任だからな。自分のクラスの生徒くらいちゃんと見てるんだぞ」 「はあ、」 「は委員会で一緒だろ?これ月曜が期限なんだけど郭に渡すの忘れちゃってな」 「土日もあるんだから先生が届ければ良いじゃないですか。そもそも先生が渡し忘れたのがいけないんだし」 「鬼か!俺だって休みたいんだ!電車賃くらいは出してやるから頼む…!」 「当然です。…じゃなくて、他の人に頼んでください。委員会は一緒だけど郭くんとはあんまり話したことないですから」 「なに言ってんだ、お前ら仲良いんだろ?」 聞き捨てならない言葉に目を瞠る。そんなあたしに担任はにやっと笑った。 「俺、司書の先生とは茶飲み友達なんだ」 司書の先生は学校教諭とは別なので、基本的に図書室内にある司書室にいる。 そしてその司書室というのは、カウンター席の真後ろなのだ。 ―つまり、毎週水曜にカウンター当番をしているあたしと英士の会話の一部が聞こえていたりもするわけで、 ……ヤラレタ。 見事なまでの形勢逆転に成す術もなく、封筒に入れられたプリントと地図、そして往復の電車代を受け取って職員室を後にした。 「…そういうこと」 「うん。それ月曜提出だから忘れずに持ってきてね」 基本放任主義の担任はあたしがどうして英士との関係を隠しているのかなどは聞いてこなかったし、誰かに言ったりもしないと思う。 (だってあの人やる気ないし)(今回は自分が楽する為に使っただけだろう) また同じネタで何かを頼まれるかもしれないけど、そのときはそのときでどうにかしよう。 「態々ありがとう。でも一馬に預けるなりすれば良かったのに」 「土日に一馬と会うの?遠征の後だから練習ないと思ったんだけど…」 「明日反省会。練習自体は休みだよ」 「そうなんだ」 「…残念だったね」 「なにが?」 「知ってたら届けになんて来なかったでしょ」 月曜から遠征に行っていた英士と顔を合わせたのは一週間ぶりだ。 担任に半ば脅される形で来たわけで、それがなければ今週は英士の顔を見ることはなかっただろう。 あたしが英士を避けているというか…まぁそんな感じなのを知っている英士は、あたしが好き好んで英士に会いたがるわけがないと思っている。 間違ってはない。だけど、 一瞬だけ苦く笑った英士を、あたしは見逃したりしなかった。 「……それでも届けに来たよ」 「どうだか」 「だってあたし、顔も見たくないって思うほど英士が嫌いなわけじゃない」 英士のことを嫌いだと思ったことはあるし、口にしたこともある。 でもそれは売り言葉に買い言葉だったり…まぁつまり、心の底から嫌っているわけじゃないのだ。 「遠征お疲れ様。怪我がなくて良かった。…遅くなったけど、お帰りなさい」 遠征前に聞いた一馬の言葉を思い出す――「英士、最近調子悪いんだ」 英士にとって何よりも大切なのはサッカーで、いつだって余裕そうに見える英士だけど落ち込むことだってあるだろう。 少し前に一馬から届いたメールによると、今回の試合でも英士の調子は良くなかったらしい。 あたしは傷心の相手に追い討ちをかけるほど悪趣味ではない。 たとえそれが、日頃から意地の悪いことを言ってくる英士であっても。 「…ま、憎まれ口が叩けるくらいだし、サッカーの調子だってすぐ元に戻るんじゃない?」 本日二度目の驚いた顔を披露した英士に、今度は遠慮なく声を立てて笑った。 (英士が口を開く前に慌てて逃げたけど)(意地の悪い台詞に付き合ってあげるほど優しくはない) |