優しい言葉を貰えるのは嬉しい。でも、複雑なときもある。



幼馴染




「こんなとこでへこんでたんだ」

静かに、でもよく響く声に顔を上げる。
相変わらず涼しい顔の英士は、どこか楽しそうにあたしを見下ろしていた。
…笑いに来たんだったら今すぐ帰って。
言ったところで聞いてくれるとも思わないから口にはしない。

「見事な転びっぷりだったね」
「……。そっちこそ、見事な走りだったね。二人も抜かしてた」
「誰かさんが転んだりするからだよ。あのまま一位で来てくれれば頑張らなくても良かったんだけど」
「…嫌な言い方」
「間違ってはないでしょ?」
「……」

膝を抱える両手に力を入れる。
確かに英士の言葉は正しい。クラス対抗リレーで転んだのはあたしで、あたしより三つ後の走者だった英士が挽回した。
そのお陰で結果は一位だったし、あたしを責める人は一人もいなかった。
…ううん。きっと一位じゃなくてもあたしを責めたりしなかったと思う。
早く手当てをしに行こうと心配してくれた友達に一人で平気だと別れたのは少し前のこと。
応援席から真っ直ぐ本部へは向かわず、あたしが向かったのはグラウンドからは見えない校舎裏。
ちょっと一人になりたかったのに、なんでこうなるんだろう。

「応援席戻んないの?」
「見たい競技ない。というより、見てる方が面白いし?」
「悪趣味」
「なんとでも」
「……ッ!、なに?」
「動かないで」

正面に立つ英士の顔を見たくなくて顔を背けていれば、ひやりとした感触と鈍い痛みに慌てて顔を戻す。
――そして、固まること数秒。
あたしの前にしゃがみ込んだ英士が、あたしの傷口を洗って消毒を始めていれば誰だって驚くと思うの。
(先に声掛けてよ)(相変わらず心臓に悪い)

「…これ、どうしたの?」
「本部で貰ってきた。誰かさんのことだから、大人しく手当てしに行かないと思ってね」
「……後でちゃんと行くつもりだったもん」
「どうだか」
「―いっ!」
「はい、終わり」

大きめのガーゼを綺麗にテープで止めた英士は、最後の仕上げとばかりにぺしんとあたしの膝を叩いた。
膝を覆うガーゼの下には一番大きな怪我があるから、反射的に声が出る。
かちりと目が合った英士の顔に楽しげな笑みが浮かんでいるのは言うまでもない。

「どうせ手当てするなら最後まで優しくしてくれれば良いのに」
「言ったでしょ、俺は一馬とは違うって」
「…何が?」
「一馬じゃないから優しくはしてあげない」

「だから慰めてもあげないよ」

納得するまで好きなだけ悔しがれば。
立ち上がった英士はそのままあたしに背を向けて振り返ることなく離れて行った。
……なんだ、気づいてたんだ。
うちのクラスに一人のミスを責めるような人がいないことは知ってる(恵まれてるなあ)
だからあたしが一人になりたかったのはクラスのみんなに申し訳なかったからじゃなくて、
転んでしまった自分が悔しかったからだ。

あたしは昔から負けず嫌いだから、自分の失敗が一番悔しい。
そんなあたしにとって、慰めの言葉は嬉しいけど、違うんだ。慰められれば悔しさが増すばかり。
優しい言葉をくれる友達には勿論感謝の気持ちが膨らむけど、それ以上に自分がもっと悔しくなるから。


「……ずるいなあ、」


呟いた言葉を拾ってくれる人はいない。
あたしが一人になりたかったのは、優しい言葉が欲しくなかったから。
意地の悪い言い回しばかりだったけど、英士の言葉は反則だ。優しくないのに、優しい。

一度だけ深く息を吐き出して立ち上がる。
応援席に戻る頃には、何でもなかったみたいに笑えそうだ。
(英士のお陰?)(……認めたくないんだけどなあ、)