強がりでも何でもなく、この笑顔を壊したくないと思った。



幼馴染




「よ!儲かってる?」

耳に馴染んだ声に顔を上げると、想像通りにっかしと笑った結人の顔。
あたしは少しだけほっとして結人の笑顔に応えるように笑う。

「今んとこ四冊売れたよ」
「うわビッミョー。ちゃんと呼び込みしてんのか?」
「まだ始まったばかりだからこんなもんじゃない?」
「んし、俺が一肌脱いでやるよ。あーあー、うん。―安いよ安いよ!今ならなんとここにある本全部100円!」
「ちょっ、なに勝手なこと言ってるの!?ここ100均じゃないから!」
「あ、そこのお姉さんたち!良かったら見てかない?今ならキュートな俺と無愛想な男と一緒に写真も撮れちゃう」

ついでに言えばスーパーのタイムサービスじゃないんだからね!
にこにこと愛想を振り撒く結人を睨んだところでどうしようもない。
集まってきたお客さんの中には本を買ってくれる人もいるので、あたしは一気に忙しくなった。


「馬鹿結人」
「ひっでー。俺のお陰ですっげぇ売れたじゃんか」
「…まぁ、それは否定出来ないけど」

ほらな。得意げに笑う結人には悪びれた様子なんて一切見えない。
あたしは一つ息を零して携帯で時間を確認する(11時まであと少し)(やっと交替の時間だ)

「そういえば結人、一人で来たの?」
「ん?あー、一馬たちと来たけど、模擬店の方に置いてきた」
「置いてきたって物じゃないんだから…ちゃんと連絡した?」
「メール入れといたから問題なし」

親指と人差し指で丸を作って笑う。
結人の言葉に驚かなかったのは、一馬に聞いて知っていたから。
今頃一馬はさんと一緒に校内を回っているんだろう。
二人が並んだ姿を想像して、でもすぐに頭の中から消した(自分で自分を落ち込ませたくない)
…そういえばあたし、さんとちゃんと会ったことないんだよなあ。

「調子どうだ?」

不意に、ここにはいない筈の声が響いてぴくりと肩が跳ねた。
後ろを振り返った結人を追うように視線を動かせば、小さく笑った一馬と、

「へぇ、辞書まで売ってんだな」
「俺のプリティースマイルのお陰で大分売れたんだぜ」
「や、結人意味わかんねぇし」
「そのままの意味だっつの!な、英士!」
「結人は張り切ってナンパしてただけでしょ」
「ばっかお前、なんつーことを…!俺はだなぁ、お前らのことを思って声掛けてたんだって。も言ってやってよ」
「え?あー…」
困ってんじゃん。やっぱ邪魔してただけだろ」
「違ぇっつーの。ちょっとちゃんこんな疑り深いやつが彼氏でほんとに良いの?」

返事の代わりにくすくすと控え目な笑い声が響く。
あたしからだと丁度結人が陰になって見えないけれど、一馬の隣で笑っているのはさんだ。
ぐるりと渦巻いた感情を抑え込むように膝の上で両手をぎゅっと握り締める。


さん、ですよね?初めまして、です」


結人の後ろからひょこっと顔を出したさんと目が合って、彼女はすぐに微笑んで自己紹介をしてくれた。
綺麗で大人っぽい印象の人だけど、笑った顔は綺麗というより可愛い。
間近で見た一馬の彼女に数秒固まってしまったあたしはほんとにどうしようもないと思う。
不思議そうに首を傾げたさんに慌てて自己紹介を返す。

です。初めまして」
「……うん、想像通りだ」
「え?」
「初めましてって言ったけどほんとはね、一馬からよく話を聞いてたから初めて会った気がしないの」
「おい、余計なこと言うなよ」
「何のこと?てか今はあたしがちゃんと話してるんだから邪魔しないでよね…あ、ごめんね馴れ馴れしくて。今更だけどちゃんって呼んでも良い?」
「あ、はい。勿論」
「ありがとう!ちゃんも同い年なんだし、あたしのことは好きに呼んでね」
「うん、ありがとう」
「一馬ってば酷いのよ。あたしがちゃんに会ってみたいって言ってもずーっと会わせてくれないの」

「一馬の弱点とか小さい頃の情けない話とかいっぱい聞かせてね?若菜くんたちよりちゃんのが詳しそうだし」
「そんなの聞いてどうすんだよ。、こいつに聞かれても言わなくて良いからな」
「あらー?もしかして聞かれたくない話でもあるの?ちゃん、絶対教えてね!」
「…っ、」
「…?」
ちゃん?どうかした?」

突然俯いて肩を震わせたあたしに、二人は気遣うように声を掛けてくれた。
さんは気さくな人だ。あたしみたいな存在は、彼女であるさんには嫌われても可笑しくない。
だけどあたしは、あたしと会ってみたかったと、初めて会った気がしないと微笑んでくれたさんの言葉に嘘も裏も感じなかった。

「どうしよう一馬、やっぱりあたしが馴れ馴れしいから?ちゃんに会えたのが嬉しくって…あーもうほんとごめんね!」
「落ちつけよ、気分悪いのか?」
「ちが、違くて。…二人とも仲良いなって」
「「え?」」
「うん、息もぴったり」

二人の空気に違和感がなくて、あたしは音を立てて笑った。
ぽかんと顔を見合わせた二人も笑ってくれて、悔しいけど、すごくすごく悔しいけど、好きだなって思ったんだ。
(二人の笑顔が)(何より、一馬の幸せそうな顔が)