学校行事を疎かにしたら駄目だよね。



幼馴染




高校生になって初めての定期試験を終え、のんびりする暇もなく学校祭が始まった。
うちの学校では六月の頭に学祭が行われ、更に言えば、内部発表会・一般公開・体育祭の三点セットになっている。
ちなみに後夜祭は体育祭が終わってから体育館で行われるらしい。
散々体力を使った後にやるんだから、出演者は大変だろうなー。勿論出演予定のないあたしは他人事だ。
一年はクラス別に装飾をするのが仕事で、うちのクラスは一番目立つ昇降口担当になった(うちの学校は土足なので下駄箱がない)

「高校の文化祭ってもっと凄いことするのかと思ってたけどそうでもないね」
「仕方ないよ。うちは一応進学校目指してるからイベントにそこまで時間割けないんじゃない?」
「早く三年になりたいなー。そしたらクラスごとにお店出せるし」

せっせと手を動かしながら、友達の言葉に耳を傾ける。
一般公開は明日。内部発表会は午前だけで終わり午後は明日に向けて最後の追い込みをする時間だ。

「明日どこ回る?」
「取敢えず部活の先輩のとこは一通り回らないとだなー」
「だよね。吹奏楽部も演劇部も今日見ちゃったし、後はどうやって時間潰そっか」
「茶道部とか行ってみる?確かお茶会やるって言ってたよ」
「あ、ちゃん。委員会の集まりあるんだよね?そろそろ時間じゃない?」

一人の友達が携帯を開いて時間を教えてくれた。
あたしはありがとうとお礼を言って、学級委員の子に委員会に行ってくることを伝えて図書室へ向かう。
図書委員会では古本市をするとかで今日は集まった本の値段を決めたりするらしい。
明日の当番も決めるのかな?…出来ればやりたくないんだけど。
あたし一人でやるなら別に良い。でもさ、委員会ってクラスごとペアでの仕事が基本でしょう?
部活にでも入っていればそっちで仕事があるからと断れたかもしれないけど、帰宅部のあたしにその理由は使えない。
ついでに言えば英士も帰宅部だから……うん、諦めよう。


「郭くん」


小さく溜息を零しながら歩いていたけれど、ふと聞こえた声に足を止めた。
ぱたぱたとあたしの横を通り過ぎて行った女の子は、あたしの少し前を歩いていたらしい英士の隣に並ぶ。
隠れる理由なんかないんだけど、気づいたらあたしは英士が振り向く前に陰に隠れていた。

こんな場所で告白は流石にないと思うけど…。
何を話してるのかわからないが、一度隠れてしまった今、出るに出られない。
機会を窺うようにそうっと二人の方を見て――驚いた。
英士が笑っていたのだ。
勿論、英士だって人間だから笑うことだってある。英士の笑顔なんて何度も見てきた(それこそ意地の悪いものから綺麗なものまで)
教室で友達と談笑してる姿だって目にしたことがあるけど、あの笑みは一馬や結人、親しい人にしか見せない柔らかい笑みで、

ざわりと心が揺れる。
顔を引っ込めて壁に寄り掛かりながら首を捻った。
別に、英士が女の子と楽しそうに話してたって可笑しくないし、あたしには関係ない。
それなのにこの感覚はなんだろう?自分のことなのに意味がわからなくて眉を寄せる。

「何してるの」

そんな時、呆れるような声が響いて慌てて顔を上げる。
声の主は勿論英士で、さっきまで英士がいた場所に視線をやると女の子はもうどこにもいなかった。

「早くしないと委員会遅れるよ」
「あ、うん」
「…なに?」
「なにって、何が?」
「聞きたいことでもあるのかと思ったけど、違った?」

背中を壁から離して歩き出す。自然と隣に並んで歩き出した英士を見上げると、相変わらずの意地の悪い顔。
この顔は何度見ても好きになれない。きっと英士は全部お見通しなんだ。

「別に何でもないよ。…ただ、郭くんと仲の良い女の子がいるなんて珍しいなって思っただけ」
「へぇ、気になるんだ?」
「別に」

楽しそうに笑った英士から視線を外し、目の前の扉を開ける。
図書室の二階、机と椅子が立ち並ぶ自習スペースには図書委員がクラスや学年ごと座っていた。
入口で名簿を付けていた担当の先生にクラスと名前を告げて席に着く。
当然のように隣に座った英士は向かいに座っている隣のクラスの女の子の視線を素知らぬ顔で受け流す。

「ねぇさん」
「…郭くん、委員会始まるよ」
「さっきの人のことだけど、さんも知ってる人だよ」

人前で話しかけるなんて嫌がらせとしか思えない。
素っ気なく返すあたしの心を知ってる筈なのに、またしても素知らぬ顔で話し続ける。
委員会が始まったので英士を見ていた隣のクラスの子は視線の先をホワイトボードに変えた。
あたしも同じくホワイトボードを見て、だけど耳だけはしっかり隣を意識している。
だって、知ってる人だなんて言われたら気になるじゃないか。
部活の繋がりがないから他のクラスに知りないなんて殆どいないんだけど。

「あれ、マネージャーだよ」

小さく、けれどはっきりと届いた言葉に思わず隣を見る。
マネージャー
中学時代から部活とは無縁な英士にとってのマネージャーは一人だ。

記憶の中から引っ張り出した顔と声が、ぴたりと一致した。
そうだ、あの子だ。都選抜が発足したときからマネージャーをやってる小柄な女の子。
一度だけ近くで話したことのある女の子を思い出して「…あ、」声を漏らした。

「あの子、同じ学校だったんだ」
「そう。だからさんが心配するような関係じゃないよ」
「……別に心配なんかしてない」
「そう?ほっとしたような顔してるけど」
「…」
「ちょっとは素直になれば、

ガツン!と机の下で音が響く。隣のクラスの女の子が不思議そうにこっちを見たけど、すぐにまた視線を戻した。
(足を蹴ろうとしたのに避けられた)(余裕の笑みがムカツク!)