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裏表で一つのコインにはなれない。 幼馴染 自分でも酷いことを言ってると思う。 その証拠に、ぴたりと英士の足が止まった。 「…なに、突然」 「……あたしは一馬が好きだから、英士を好きになったりしない」 「そんなの今更でしょ」 再び足を動かそうとする英士を引き留めるように掴まれたままの手を握る。 (お願い待って)(今じゃないと言えないから) あたしの願い通り踏み出そうとした足を戻した英士はゆっくりと振り返った。 「……。俺は別に、優花に俺のことを好きになれなんて言ってないよ」 「うん」 「それに返事はいらないって言ったけど」 「…うん」 「じゃあ何なの。それともなに、そんなに俺が嫌い?」 徐々に下がっていた視線を弾けるように持ち上げる。 あたしのことを真っ直ぐに見る英士は、少しだけ哀しそうに目を細めた。 ――そんな顔をさせたいわけじゃない。だけど、そうさせているのはあたしだ。 ぎゅっと唇を噛んで溢れ出しそうな感情を押し戻し、にっこりと笑顔を貼り付ける。 「そうだよ。英士のことなんて好きじゃない」 瞳の中のあたしが揺れた。 ほんの一瞬だけ瞳を揺らした英士は、でもすぐにいつもの涼しい顔に戻る。 引き留めるために握った手から力を抜いたけど、それでもまだ手は離れない。 それどころか逆にぎゅっと痛いくらい掴まれた。 「…痛い、」 「優花が俺を好きじゃなくても、俺が優花を好きなのは自由だろ。文句なんて言わせない」 「痛い、英士」 「優花が迷惑だって言ってもそんなの知らないよ」 それは一瞬だった。 ガサリ、とビニールが音を立てて掴まれた手を思い切り引っ張られる。 あたしが気づいたときにはもう、目の前にあった筈の英士の顔は見えなくなった。 「ッ、英士…!」 掴まれたままの手と背中に回った腕が痛い。 英士の胸に顔を押し付けるように抱きしめられて息が苦しい。 だけど、痛いとか、苦しいとか、驚いたとか、放してとか、――嫌だ、とか。 そんなことよりも込み上げてくる涙を引っ込めることで精一杯。 「逃げるのは自由。でも、そう簡単には逃がさないよ」 「……―きらい。嫌いきらいキライ」 「そう。でも俺は好き」 「~~ッ大嫌い!」 あたしの小さなダムが崩れてぽろぽろと涙が溢れ出す。 どうして英士はあたしが好きなの?なんであたしなの?なんで、なんで―― なんであたしは、この温もりが一馬じゃないんだろうって、そんなことを思うの。 「……も、やだ」 だってこんなのずるい。誰がって、あたしがだ。 あたしは一馬が好きで、それが変わることなんてきっとないのに、それなのに平気な顔でここにいる。 一馬の優しさを利用して、結人の優しさも利用して、そして英士の優しささえも利用する。 四人の関係が崩れないように。一馬の隣にいられるように。 きっと英士は気づいてる。あたしの狡さに気づいてるのに、何も言わない。 だって英士は、結人にも一馬にも何も言ってないんだ。 あたしのことが好きなんだって、あたし以外の誰にも言ってない。 もしも英士が言ったならこの関係は崩れると思う。一馬は英士が大好きだから、今までみたいにあたしの隣にはいてくれない。 あのとき英士は、一馬のことばかり見てるあたしのことは嫌いだと言った。 それならどうして優しくするの?一馬のことで落ち込むあたしをどうして慰めるの? あたしはずるいんだ。一馬が好きなのに、あたしを好きだと言った英士の前で泣く。 それがどんなに痛くて苦しいことか、あたしはちゃんと知ってるのに。 好きな人が好きな人を想ってる姿を見るのは耐えられない。あたしはそんな大人じゃない。 自分が耐えられないこと人にさせてる。それも、誰よりもあたしと近い立場の英士に、 「――優花、」 ぐじゃぐじゃになった思考回路を一掃するようにはっきりと、それでいて静かに響く声 持ち上げた視線はすぐに英士に囚われる。 「俺の気持ちはそんなに迷惑?」 「そうだよ」 「…そう。――嘘吐くの下手なんだからいい加減諦めなよ」 「!、違う」 「違くないでしょ。確かに優花が好きなのは一馬で今のところそれが変わるとも思えない」 「でも、だからって俺のことを嫌いになったり、俺の気持ちを迷惑だって思ったりはしない」 はっきりと告げた英士は本当に綺麗に微笑んだ。 その言葉と表情にあたしが目を丸くしているうちに英士は背中に回した腕を元に戻してあたしを引っ張るようにして歩き出す。 困惑したままのあたしはされるがままに少し遅れて歩き出す。 「言っとくけど、俺があの二人に言わないのは優花の為じゃないから」 「…え?」 「俺にとっても今のままのが都合が良いし、それに泣いてる優花を慰めれば俺の株が上がるでしょ?」 見上げた先の英士は意地の悪い笑みを浮かべていて、目が合うと楽しげに双眸を細める。 ぱちりと瞬きをしたあたしは少しだけ力を抜いて掴まれた手を丸めた。 (格好良いなんて思わない)(だって、そんなの前から知ってる) |