世界は白と黒なのにあたしだけが灰色だ。



幼馴染




「で、どーなの?」
「……何が?」

ニヤニヤと楽しそうな笑みを浮かべる結人に嫌な予感しかしない。
せめてもの抵抗で素知らぬ顔をしてみたけど、次の瞬間にあっさりと打ち砕かれた(脆い防御壁だったなー)

「英士だよ、えーし」
「…別に結人が期待するようなことは一つもないよ」
「ちぇっつまんねぇの」

身体全体でその言葉を表現するように、結人はあたしの方へ乗り出していた身体を引っ込めて口を窄めた。
この場にいるのはあたしと結人の二人だけで、家主である一馬はジャンケンで負けて買い出しへ
そして残る英士からは電車に乗り遅れたので少し遅れると大分前にメールがあった。

「他人事だからって楽しまないでよね」
「違うって。の相談相手になってやろうと思ってさ」
「相談?」
「ん。だって英士のことなんて俺くらいにしか相談出来なくね?」

結人の言葉は一理ある。
あたしの気持ちも立場も全て知っていて、それでいて話を出来るのは結人だけだ。
一馬も英士も問題外。女友達は何も知らないし言うつもりもない。
だから消去法でいけば残るは結人ただ一人。
……うん、でもね?

「ありがと。でも今は結人に聞いてほしいことはないよ」
「そーか?ま、なんかあったらいつでも言えよ」

玄関のドアが開く音に気づいたからか、それ以上なにを言うわけでもなくにっかしと笑う。
あたしはいつも、結人のこういうところがすごく好きだなと思う。
強引だけど引き際がわかってる。察しが良くて空気の変化に敏感なのが結人だから。

「お、英士じゃん。一馬は?」
「いるよ。つーか結人注文多すぎ。一人で持つ量じゃねーだろこれ」

きっと途中で一緒になったんだろう。階段を上る足音と話声で二人が一緒なのは気づいてた。
ドアを開けた英士を見て口を開いた結人に、英士の後ろからひょっこりと顔を覗かせた一馬が答える。
ペットボトルやらお菓子やらが大量に入ったコンビニ袋を抱えた一馬は不機嫌そうに眉を寄せていて、
そんな一馬に悪びれた様子もなく口先だけで謝る結人を尻目に英士が部屋へと入って来た。
一瞬だけ目が合ったけど、すぐに逸らされて定位置へと落ち着く。
いつだって気まずさを覚えるのはあたしだけで、いつだって英士は素知らぬ顔してそこにいる。

「コンソメは?」
「売り切れだったからうす塩な」
「んだよ、コンソメ食いたかったのに」
「だったら他のコンビニ行って買ってこいよ」
「えー。一馬くん買ってきて」
「ふざけんな」

すくっと立ち上がると、言い合っていた二人が不思議そうにあたしを見上げた。
あたしは二人に微笑んで一馬に手を伸ばす。

「あたしが行ってくるよ」
「結人の我儘なんだからが行くことないだろ」
「ちょっと歩きたい気分だから。結人のお菓子はついで」
「さっすが!コンソメよろしくー」
「おい結人!…ったく、なら俺も行く」
「いいよ、今度は買い込むわけじゃないし。他に欲しい物ある?」
「ジャンプ読みてぇ。今週のまだ買ってないんだよな」
「お前マジ自分で行けよ」
「んだよ一馬、どうせお前も読むだろ?それにが良いって言ってんだからいいじゃん。な!」
「うん。じゃあコンソメとジャンプね。なんかあったらメールして」
「りょーかい」
「一馬」
「…は結人に甘すぎ。気をつけろよ」
「寄り道しないで帰ってきます」

溜息交じりに乗せられた缶をしっかりと掴んで頷く。
昔から一馬の部屋に集まることが多かったし、決まって結人が大量のお菓子を買い込むので
一馬の部屋には貯金箱兼財布代わりの缶が置いてある。
100円玉が多いその中身は、元を辿ればあたしたち四人のお金だ。
確か言い出したのは結人だったかな?

何かを買う度に金額を割ってのお金のやり取りが面倒なので、予めその中にそれぞれがお金を入れているのだ。
だから四人が食べるものや使うものを買うときはこの缶から払うようにしていて、
それぞれが気が向いたときに缶の中にお金を補充するのが気づいたら習慣になっていた。
ちなみに足りない分は買い出しに行った人の財布から出すのがルールなので、行く前に中身を確認するのも習慣だ。
開けてみれば100円玉が六枚に10円玉と1円玉がちらほら見える。
ジャンプっていくらだっけ?足りなかったとしても少しだろうから徴収しなくてもいいか。

行ってきますと部屋から出て、玄関で靴を履いてドアを開ける。
基本的に真田家では家に人がいる場合は鍵を閉めないので特に気にすることもなく外に出る。
一馬が行ったのはここから五分のコンビニだろうから、あたしが向かうのはここから十五分のコンビニだ。
自転車を使えばもっと早いけど今はゆっくり歩きたい気分。
結人には悪いけどのんびり待っててもらうとしよう。



「ありがとうございましたー」

店員さんの声を背に外へ出る。
夕方になるとまだ寒いなと思いながら上を見上げ、赤く色づき始めた空を眺めていると見知った声が耳に届いた。


「……なんで、」
「何してるの。買い物済んだなら早く帰るよ」

なんで英士がここにいるの?
ぽかんと立ち尽くすあたしからコンビニ袋を奪い取ったのは呆れ顔の英士で、

「ほら、さっさと歩いて。あんまり遅いと結人が騒ぐし一馬が心配するでしょ」
「…なんで英士がいるの?」
「欲しい物があったから」
「メールしてって言ったのに」

欲しい物があったと言う割には英士は手ぶらだ。
歩き出そうとする英士とは違い、相変わらず動かずに俯いたあたしの手に英士の手が触れる。
そのままぐっと掴まれて引っ張られるように足が動いた。

「こうでもしないとと話せないだろ」

掴まれた手を振り解くことくらい簡単だ。きっとあたしが手を払えば英士は抵抗なんてしない。
それなのにどうして、あたしはこの手を振り払わないんだろう。
握り返すことも振り解くこともせずに中途半端、宙ぶらりんの気持ちと同じ

「――ッ、あたしは、英士を好きになったりしないよ」

(だからどうか、)(この手を放して)