笑え、わらえ。この痛みを全て笑顔に変換させるんだ。 幼馴染 「ねぇ、そういえばちゃんって野上ヶ丘だったよね?」 「うん」 「じゃあさ、『真田一馬』って知ってる?」 仲良くなったクラスメートの数人と机をくっつけてお弁当を食べる。 入学式を終えて一週間経っただけなので、まだお互い知らないことも多い。 「…うん、知ってるよ」 幼馴染なんだから当然だ。それなのに即答出来なかったのは―― 「誰その人?」 「あたしの中学ん時の友達の彼氏ー」 「もしかして昨日くれたプリの子?」 「あー、ちゃんだっけ?可愛いよね」 「真田一馬くんってわたしも知ってるよ」 「え、なんで?」 「郭くんの親友と同じ名前。わたし雑司が谷南だったから」 「郭くんて同じクラスの?」 「そだよー」 楽しそうに話している内容が全く耳に入らない。右から左に流れて行くみたいだ。 ちゃん その名前に反応して止まってしまった箸を不自然にならないように再び動かす。 何の前触れもなく一馬の名前が出てきた時から予想はしていた。 ……ううん。もっと言えば、友達の出身中を聞いた時からいつかこうなるかもって思ってた。 「そうだ、ちゃんにもプリあげるね」 「ありがとう」 「あ、あたしも欲しい…!」 「オッケー」 食事を終えた友達が机の上にプリクラを広げ、その中からあたしや他の友達にあげるものを選ぶ。 視界の隅に映った一枚のプリクラには、可愛い笑顔で写った友達と知らないけど知ってる女の子 直接は知らない。だけど、知ってる。 あたしはこの子が一馬の隣にいるのを見たことがある。一馬の家から並んで出てくるところを遠くから見た。 あの家を出入りする女の子は、家族以外であたしだけだったのに、 「との彼氏ってすっごい仲良くてね、二人で同じ高校行ったんだよ」 「いいなー。そういうのって憧れるかも!」 「ちゃんも中学でそういう噂聞かなかった?」 「……。すっごい可愛い彼女がいるって、噂になってたよ」 「やっぱりー!」 あたし、ちゃんと笑えてるかな。 気を抜くと引き攣りそうになる口許が綺麗な弧を描くように全神経を集め、 じわじわと広がる感情を抑え込んで、目の前で繰り広げられるガールズトークに一緒になって花を咲かせる(聞きたくない)(だけど、そんなこと言えない) だってみんなは何も知らないから。あたしと一馬の関係なんて知らない。 あたしが教えてないから、さんの彼氏の真田一馬があたしの幼馴染だなんてわかる筈がないのだ。 況してやあたしの、 「彼氏欲しいなぁ」 「この中で彼氏持ちっている?」 「あたしいなーい」 「わたしも。ちゃんは?」 「いないよ」 「じゃあ好きな人とかは?」 「いないいない。…あ、これ今日までだから返してくるね」 「一緒に行こうか?」 「ありがと。でも探したい本あるから一人で行ってくるよ」 「ん、いってらっしゃーい」 ――好きな人なんて、知るわけがないんだ。 空になった弁当箱を包んで鞄に仕舞う。コツンと指先に触れた文庫本を手に立ち上がり、賑やかな教室から逃げ出した。 「女子って個人行動するとあぶれちゃうんじゃないの」 図書室の奥、気になるタイトルの背表紙に引っかけた手が止まる。 この言葉が誰に向けられたもので、誰が発したものなのかなんて確かめるまでもない。 静かな空間に溶け込むその声の主を、あたしは一人しか知らない。 小さく息を吐き出して振り返ることなく本を抜き取ると、すぐにまた声が掛かる。 「クラスメートを無視するなんて酷いんじゃない」 「…あたしに話しかけてるとは思わなかったから」 「って相変わらず嘘が下手だね」 「……。何をするにも一緒にいなきゃいけない友達ならいらないから。それに、郭くんが気にすることじゃないよ」 内容を確かめる為にパラパラと本を捲る。 ベタベタするような関係が苦手なのは昔からで、程良い距離を保った関係が好きだった。 中学までの友達ともそうだったし、高校に入って仲良くなった友達も割とさっぱりした子たちだ。 だからさっきも大して気にすることもなくあたしを送り出してくれたんだと思う。 「へぇ、さんって結構冷たいんだ」 きっと、振り返れば楽しげに口の端を持ち上げた英士がいるんだろう。 近くに誰もいないのを知っているのに、あたしが態と名字で呼んだことくらい英士ならお見通しに違いない。 高校だけじゃなくクラスまでも一緒になったのは本当に残念だと思うの(神様の意地悪…!) 英士と同じ中学から来た人は数人いて、入学早々英士は人気者の座を射止めた。 あたしに言わせれば英士の何が良いのかさっぱりわからないんだけど、 恋する女の子たちを敵に回しちゃいけないことは知ってるから他人のふりをすることを選んだ。 傍から見れば何の接点もないので、万が一教室で話すことがあっても「郭くん」と呼んでいる。 …一番最初に郭くんって呼んだ時は面白かったなー。 意地の悪い英士を偶には驚かせてやりたいと思って、呼び方について前もって英士に伝えたりはしなかったのだ。 ぎょっとしたように目を丸めた英士は最高だった。結人にも見せてあげたかったな。 だけどそんなの一瞬で、すぐにあたしの考えを悟ったのか次の瞬間には綺麗な笑みを携えてたけど。 「そういえば、さんって好きな人いないんだって?」 「……盗み聞きなんて趣味が悪いね」 「あんなに大きな声で話してたら嫌でも聞こえるよ」 「…」 「さんって幼馴染のことが好きなんだと思ってたけど?」 「…郭くんには関係ない」 「『郭くん』にはね。でも俺には関係ある」 「……、英士に教えることなんてないよ」 「そう。でも友達には教えなくていいの?さんの彼氏がの幼馴染で、好きな人だって」 「言わないよ」 「どうして?」 「…英士だって、好きな人のこととか全部友達に話すわけじゃないでしょう?」 「一馬と結人にも言ってないからね」 「だったら別に、」 「だけど、言わないとまたさっきみたいなことがあるかもしれないよ」 ぴたりと手が止まる。 そんなこと、英士に言われなくてもわかってる。わかってるよ。 「仕方ないよ。それに、態々気を遣わせたくなんてないし」 「じゃああの二人の話題が出るたびに逃げるの?」 「……」 「こうやって一人で泣くんだ」 「、泣いてない」 「嘘でしょ」 「嘘じゃない」 「下手なんだから嘘吐くのやめれば」 後ろから伸びて来た手があたしの両目を覆う。 文字を追えないのはこの手が邪魔をするからで、視界がぼやけたからじゃない。 (誰にも気づかれないと思ったのに)(今だけは、甘えてもいいかな) |