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他の誰かである筈がない。それなのに、どうして? 幼馴染 そこはとても薄暗い場所だった。 朝なのか夜なのか、はたまた昼なのかもわからない。 あたしは一人、膨らんでくる不安を打ち消してくれるなにかを探して視線を彷徨わせる。 「…あ、」 見覚えのある姿に声を漏らすと、彼はあたしから顔を背けて歩き出す。 慌てて追いかけるのに彼との距離はどんどん離れて行く(待って、待ってよ…!) 伸ばした手が空を掴み、名前を呼ぼうと口を開き―― 「…、優花。優花」 耳慣れた声にハッとして目を開けると、明かりの眩しさに目が眩んだ。 少しだけ目を細めて徐々にはっきりとしてきた視界に映り込んだ顔に首を傾げる。 「どうしたの?」 「それはこっちの台詞」 何だか難しい顔をしてあたしを見下ろしていた英士は、あたしの言葉に眉を寄せて小さく溜息を零した。 今の状況を理解しようと起き抜けの頭をフル回転させて漸くここがあたしの部屋で、ベッドに背中を預けて眠ってしまっていたことに気づいた。 …あれ、なんで英士がいるんだろう? いつかもこんなことがあった気がするなんて思いながらまた首を傾げると、不意に感じた温度に驚いて思考の渦から引き戻される。 「…英士?」 「怖い夢でも見たの?」 いつになく優しい声で問われて眉を寄せる。だって、英士が優しいなんて気味が悪い。 そんなあたしの考えに気づいたのか知らないけど、あたしの頬に手を添えた英士が呆れたような溜息を一つ。 目尻を拭うように指を動かされてやっと自分が泣いていたことに気づいた。 それと同時に、さっきの映像が再生される。 ――あぁ、あれは夢か。 只管誰かを追いかける夢だった。だけど、それが誰なのか思い出せない。 全体的にぼやけている映像は、思い出そうとすればするほど形を崩していくようだ。 「優花?」 「…誰かを、追いかける夢だった。置いて行かれるのが怖くて必死で追いかけるんだけど、追いつけなくて…」 「一馬は優花を置いてったりしないよ」 「……うん」 そっか、あれは一馬だったんだ。 必死で追いかけていた相手が一馬だということに胸を撫で下ろす。 ……どうして? 安堵した自分に驚いてぴたりと動きを止めた。 例え夢でも、大好きな一馬に置いて行かれるなんて悲しくて堪らない筈なのに、なんであたしは今安心したの? (ざわりざわりと心が揺れる)(どうしよう、自分で自分がわからない) 気持ちの悪い感覚にぎゅっと眉を寄せていると、屈んでいた英士があたしの頬から手を離して立ち上がる。 離れて行った温度となにかが重なって、縋るように英士を見上げた。 目が合った英士はさっき見た優しい顔じゃなくていつも通りの涼しい顔 「起きたなら行くよ」 「…?」 「合格祝い。まさか忘れたの?」 「……あ、」 馬鹿にするような口調で告げられた内容に間抜けな声を漏らして立ち上がる。 そうだ、そうだった。今日は一馬の部屋で結人が企画した合格祝いをするんだった。 結人はパーティーだと言い張ってたけどやることはいつもと同じ。一馬の部屋でお菓子やジュースを飲むだけだ。 時間を確認すれば集合時間から10分は過ぎていた。少し休憩するつもりで眠るつもりなんかなかったのに、失敗しちゃった。 「早くしないと結人が乗り込んでくるよ」 淡々と告げられた言葉に慌てて立ち上がる。 英士の視線が窓の外を見ていたからそっちを見ると、ベランダで今にも叫び出しそうな結人の口を一馬が必死に塞いでいる姿が目に飛び込んできた。 ごめんね一馬、もうちょっとだけ結人の口塞いでてね。顔の前で両手を合わせれば、それに気づいた一馬が笑った。 そのまま結人を引き摺るようにして部屋の中に引っ込んだのを見てあたしも隣の家に向かうために鞄を持って歩き出す。 「ケーキ忘れないでね」 「大丈夫。先行ってて良いよ」 「優花を連れて来るように頼まれたんだから、置いて行ったら俺が一馬に怒られるでしょ」 「…ありがとう」 「そう思うなら早くしてよ」 階段を下りてキッチンに向かい、机の上に用意しておいた正方形の白い箱を両手で抱える。 箱の中身は結人に頼まれて昨日の内に作っておいたシフォンケーキだ。甘い物が得意じゃない英士も食べれるように紅茶味にした。 …それにしても、なんであんな夢を見たんだろう。 少し先を歩く英士の後姿を眺めながらそんなことを考えていれば、いつの間にか足が止まっていたのか英士が振り返って急かす。 その顔が、ぼやけてしまった映像とほんの少し重なった気がして慌てて足を動かす。 (英士な筈がない)(だってあたしは――、) |