楽しくない冗談は心臓に悪いだけだ。



幼馴染




「あったよ。…うん、受かってた。一馬は?……うん、そっか、良かった。おめでとう」

機械越しに聞く一馬の声は弾んでいて、マフラーに埋まった口許を引っ張り出して携帯に向かってもう一度「おめでとう」と微笑む。
真っ先に連絡したのが家族でも家庭教師の先生でもなく幼馴染なのは可笑しいかな。
電源ボタンを押して会話を終えると、今度はメールボックスを開いて新規メールを打ち出す。
お父さんもお母さんも仕事中だからメールで報告するようにと前もって言われてたし、家庭教師の先生にもメールをする約束をした。
ちなみに一年近くお世話になった先生とはびっくりするくらい仲良くなって、先生の家に遊びに行ったこともある程だ。
それぞれ似たり寄ったりな内容のメールを三通送信し終え、貼り出された番号にもう一度視線を送る。
隣にいた水色のセーラー服の女の子達が写メを撮ってるのを横目にマフラーを巻き直して踵を返した。
――返そうと、思った。

「……なんでいるの」
「合格発表見に来たから」
「…誰の?」
「俺以外いないでしょ」

え、待って今なんて?
思わず聞き返しそうになるのをぐっと堪える(だって絶対馬鹿にされる…!)
然も当然だろうとばかりに言い切った英士は、いつもと変わらず涼しい顔であたしを見る。
真冬にこの顔を見ると余計寒くなるのはあたしだけだろうか。現に今、色んな意味で背筋が凍った。

「その様子だと受かったみたいだね」
「うん、まぁ。…英士は?」
「俺が落ちるとでも思ってるの」
「……。おめでとう」
「ありがとう」

今の台詞を残念ながら不合格になってしまった人が聞いてないことを祈る。
きっと英士は自分が落ちる可能性なんてこれっぽっちも考えてなかったに違いない。
ブレザーのポケットで震えた携帯を取り出して新着メールを開く。
両親と家庭教師の先生からのお祝いメールは嬉しいけれど、目の前に英士がいる状態では素直に喜べない。
返信は後にしようと決めてぱたんと折り畳むと、それを待っていたかのように淡々とした声が響く。

「結人からメール来ると思うけど、『一馬の部屋でお祝いしよう』って」

一足先に推薦を決めていた結人は結人なりに受験組を気遣ってたみたいだから、これで漸く好き勝手騒げると喜んでいると思う。
タイミング良く震えた携帯は、結人からのメールの着信を知らせていた。

昔から四人で何かをするときは大抵一馬の部屋だった。
言い出すのは結人だけど、結人の家はお姉さんと妹さんがいるから騒ぐと怒られるらしい。
それが事実かどうかは知らないけど、部屋が汚いってのが一番の理由なんだと思う。
片付けられないのが結人だし、片付ける必要がないと胸を張るのが結人だ。
その点英士は一人っ子で部屋は綺麗だけど、ゲーム類が少ないので結人が却下を出すし、
英士は英士で結人が来ると部屋が荒らされるから嫌とのこと。
潤慶が一緒に住んでた頃に遊びに行ったことがあるけど、荒らすほど物はなかったと思う。
(潤慶が一緒に住んでいない今は尚更)(あの頃は潤慶が持ち込んだゲームが沢山あった)
あたしの部屋というか、あたしの家にはゲームがないので勿論結人により却下される。
そんな感じの消去法により、結果的に一馬の部屋になることが多いのだ。
一馬の部屋なら綺麗だし、お姉さんは一人暮らしをしているので少しくらい騒いでも誰にも迷惑は掛からない。
…それと、結人にとって一番大事なポイントのゲームもあるしね。

さっきと同じように返信は後回しにすることに決めて携帯をポケットに押し込む。
これで四人とも志望校に合格したんだ。……そういえば、英士の第一志望ってここだったの?
成績を上中下で表せば英士の成績は間違いなく上、一馬が中で結人は下だ。
そしてあたしも一馬と同じ中。普段が中の中で、調子の良い時でも中の上が精一杯。
無事に合格出来たこの高校はあたしの成績だと合格が微妙なラインだったけど、英士の成績からすると余裕で合格ラインだろう。
そういえば英士の志望校は一馬も結人も知らないって言ってたなぁ。

「今なら合格祝いに質問に答えてあげても良いよ」
「…突然だね」
「そう?でも気になってるんでしょ?」
「……英士ってここが第一志望だったの?」
「そうだよ」
「でも英士ならもっと上のとこ行けたよね」

というか、教師に勧められた筈だ。
レベルの高い高校に進学してくれれば中学の名が上がるし、頭の良い生徒がそれに合わない場所を受けると合格枠が減ってしまう。
言い方は悪いけど、英士がここを受けなければ合格したかもしれない生徒だっているだろう。

「最初はそれなりのとこに行くつもりだったんだけど途中で変えたんだ。担任は最後まで渋ってたけどね」
「何でここにしたの?」

英士達の将来の夢は昔からただ一つだ。だから、はっきり言えば高校なんてどこに行っても同じだと思う。
それなのに担任を言い包めてまで志望校を変えたなんて。…この高校に英士が気に入るようなカリキュラムがあっただろうか?
そんなあたしの疑問を見透かしたように、英士は少しだけ口角を上げた。

「一馬からがここ受けるって聞いたから」
「……え?」
「もう一度言おうか?」
「いや、いいです」
「そう」
「……あの、ほんとにそれが理由なの?」
「そうだよ。一度くらいは好きな子と同じ学校に通いたいと思って」
「……」

開いた口が塞がらないとはこのことだ。
あまりの衝撃に息をするのも忘れそうになる(だって英士だよ?)(…もしかして別人?)
この場に知り合いがいなくて良かった。野上ヶ丘からここを受験するのがあたしだけだと知った時はちょっと寂しかったけど、今ではそんな寂しさも懐かしい。
英士の台詞を聞いたのか、近くにいた茶色のブレザーの女の子が顔を赤くして英士を見ている。
……あたしの顔もあんな風になってるのだろうか。もしそうだとしても、それはきっと寒いからに決まってる。
ぐるぐると視線と思考を行ったり来たりするあたしを前に、相変わらずの涼しげな表情をした英士がふっと笑う。

「冗談だよ。俺もと同じタイプだから」

それはつまり、自分の進路を他人に合わせたりしないということ。
いつか本屋で話したことを思い出して目を見開くと、あたしが気づいたことに気づいたのか、英士は楽しげに双眸を細めた。

「ちょっと嬉しかったでしょ?」
「そんなことない」
「そう?それにしては顔赤いよ」
「寒いからでしょ」

思わず早口で告げれば英士はどこか満足そうに微笑んだ。
(これから三年間同じ学校に通うの?)(……。お願い誰か嘘だと言って)