結局なにも変わらない? 幼馴染 似たような名前の参考書が並ぶ棚と睨めっこを始めたのは数分前のこと。 漸く目当てのものを見つけて手を伸ばすのと同時に横からにゅっと手が伸びてきて、思わず中途半端に手を止めた。 ゆっくりと首を横に向け、すぐにその行動を激しく後悔することになる(数秒前のあたしの馬鹿…!) 「久しぶりだね」 「……、久しぶり」 英士とこうして言葉を交わすのは本当に久しぶりだ。 試合を見に行ったり一馬の部屋に四人で集まったりしたことはあっても二人きりになるのはホワイトデー以来 「参考書買いに来たんだ」 「…うん。先生が買った方が良いって言うから」 「そう。でもこれは俺が貰うね」 「え?」 さっきまで棚に収まっていた参考書は、いつの間にか英士の手へと移動していた。 …確か、本棚にはその一冊しか置いてなかった気がする。 はっとして伸ばしたままだった手の先を見れば、やっぱりそれと同じものは並んでいない。 「……あたしもそれ欲しかったんだけど」 「在庫はあるだろうから店員にでも聞けば」 それをあたしに譲って自分が店員に声を掛けるつもりなど微塵もないのだろう、 淡々と告げる英士には悪びれた様子なんてこれぽっちもない。 それどころか、そんなこともわからないの?とでも言うようにこれ見よがしに溜息を吐かれた。 決して良いわけではないけれど、変わらない態度に気づかれないように胸を撫で下ろす。 (緊張してたのが馬鹿みたいだ)(そういえば四人で会ったときも平然としてたなー) 「そんなに見つめてもあげないよ」 「別に見つめてなんかない」 「それは残念」 「……」 「ならこんなの買わなくても合格出来るんじゃない」 「…どうして?」 「だって一馬の志望校、そんなにレベル高くないでしょ」 「一馬は関係ないよ」 「…てっきり同じ高校に行くんだと思ってたけど」 本当にそう思っていたらしく、切れ長の目を見開いた英士に思わず笑ってしまった。 別に馬鹿にしたとかそんなんじゃなくて、年相応の反応を見せる英士が珍しかったからだ。 だけどそんなことを知らない英士は、すぐに不機嫌そうに眉を寄せた。嫌な予感がするんだけど… 「そういえば一馬はさんと同じ高校行くつもりだったね」 英士が綺麗に微笑むのはいつだってあたしにとって嫌な場面で、目の前の綺麗な笑みに今度はあたしが目を見開く。 言われなくても知ってるよ。なんて告げる必要もなく、あたしが知っていることを英士だって知っている筈だ。 ――というか、そうに決まってる。 「違う学校だと今までみたいに一馬にべったり出来ないけど良いの?今ならまだ変更出来るでしょ」 「…あたしは自分の進路を他人に合わせたりしないから」 「へぇ、それってあの二人のこと否定してるの?」 「……、違う。個人の自由だから否定なんかしてないよ」 英士と話しているといつだって追い詰められている気分になる。 痛いのは伸びた爪が手のひらに食い込んでいるからなのか、それとも―― 「あぁそうか。一馬と離れるのは嫌だけど、彼女と一緒にいる姿を見るのはもっと嫌なんだ」 「ッ、やっぱりこの前の―!」 嘘だったんでしょ。 続く言葉は口から飛び出す直前でぐっと押し留まった。 意地の悪い英士があたしを好きだなんて信じられない。嫌がらせの一種だったんじゃないかとも思える。 だけど、それを決めて良いのはあたしじゃない。嘘かどうかなんて、本人しかわからない。 だってあたしが怖かったのは、この想いを否定されること。 幼馴染としてではなく一人の女の子として好きなんだという想いを一馬に否定されること。 だからあたしは英士の想いを否定してはいけないんだ。 口を噤んだあたしに英士は楽しそうに口角を上げた。前言撤回しても良いかな。 「この前の、何?」 「……なんでもない」 「そう。ところで家庭教師って女?」 「そうだけど…どうして?」 塾に通っていないあたしが無事に合格出来るようにと、お母さんが家庭教師を雇ったのは最近のことだ。 今日の夜が初めての授業になるのでどんな人かは知らないけれど、確か女の人だった筈。 「別に。―そういえばこの前の質問の答えだけど」 「この前…?」 「…覚えてないならもう良いよ」 呆れたような言葉とは裏腹に、そう言った英士は一瞬だけ優しく笑ったような気がした。 英士のことだからさっきあたしが何を言おうとしたのかも、どうして言うのを止めたのかもわかっているのだろう。 そしてきっと、あたしが覚えてないふりをしていることだって気づいているのだ。 「その程度の記憶力じゃ受験危ないんじゃない」 「…さっきは平気だって言ったくせに」 「一馬のレベルに合わせたらの話でしょ」 「……」 「家庭教師にしっかり教えてもらったら」 どこか馬鹿にしたような口調で告げると、英士は持っていた参考書を態々本棚に戻して踵を返した。 (…店員に聞けって言ったくせに)(じゃあね、くらい言ってよ) |