そうやって平気な顔であたしを射抜く



幼馴染




ゆっくりと浮上していく意識の中、耳に届いたのは聞き慣れたインターホンの音
やけに体が重たくて、瞼を押し上げるのも億劫で目を閉じたまま寝返りをうつ。(瞼の向こうが明るい)(もう昼過ぎかな?)
きっと今頃一馬は彼女さんに会いに行っているはずだ。

報われない――確かに、その通りだと思う。
あたしはこの想いを告げるつもりはないし、だからと言って距離を置くこともできない。
ずっと傍にいて、ずっと好きなのに、通じ合うことなんて出来ないのだ。

重たい瞼の裏に昨日見たぞっとするほど綺麗な微笑がちらちらと映る
目を逸らすことも、口を開くことも出来ず立ち尽くすあたしの前で、ポーカーフェイスに戻った英士は何事もなかったように踵を返した。


「……なん、で」


あたしのことが嫌いだって、あんなにはっきり言っていたのに。
それならどうして…英士は気まぐれなんかで嫌いな人を助けるような人間には思えない(寧ろ鼻で笑われた方がしっくりくる)

そんなあたしの切実な疑問がたくさん詰まった一言は、このまま独り言で終わるはずだった。
当たり前だ。この部屋には今あたししかいないんだから。返事なんてあるわけがない。
考えても口に出しても解決しない問題なんて放棄して、まずは目を覚ましてご飯でも食べようか。
重たい瞼をこじ開けてゆっくりと起き上がる。――「なんで、」まさか、同じ言葉をもう一度言う破目になるなんて…!


「それはこっちの台詞。なんでこんな時間まで寝ていられるの?」


次の行動を読んで部屋の扉に目を向けたのがいけなかった。
だってまさか、英士があたしの部屋に入ってくるなんて思うはずもない。

「…予定のない休日くらい寝てたって良いでしょう」
「なんだ、てっきり一馬が構ってくれないから不貞寝してたのかと思った」
「……。何の用?」
「昨日借りた本もう読み終わったから返す。面白かったからこの作者の他の本も貸してよ」

相変わらずの厭味を受け流しながらベッドから下りて差し出された本を受け取って本棚に向き合うように背を向ける。
英士の顔がまともに見れないのは、寝起きの顔を見られるのが恥ずかしいからとかそんな理由じゃなくて、

「俺に優しくされてそんなにびっくりした?」

後ろから聞こえてきた声に驚いて肩を揺らす。
小さく笑い声が聞こえた気がするけど、友好的なものじゃないのは見なくてもわかる。

「助けてはもらったけど、優しくされた覚えはないよ」
「へぇ、はもっと大袈裟に優しくされたいの?」
「…そんなこと言ってない」
「そう?一馬は昔からに優しいから、そういうのが好みかと思ったんだけど」
「……だから、」

「俺は一馬とは違うよ」


だからそんなことは言っていないと、膨らんできた不満を投げつけてやろうと思って振り返ったのに
――透き通るほど真っ直ぐな瞳に射抜かれて声が出ない。
なんてずるいんだろう。いつだってあたしの意見を聞き入れてくれない。

息が、できない


「これ、借りてくよ。返すのは今度会ったときか…そう、一馬にでも渡しとくから。その方が嬉しいでしょ?」

動けないあたしの手から本を抜き取ると、少しだけ考えるように態とらしく間を置いて器用に片眉を上げて見せた。
ほんの数秒前までの表情が嘘のようだ。またいつもの意地の悪い顔。

「…その本返さなくて良いから。あげる。だから早く帰って」
「それなら遠慮なくもらうけど…、」
「……なに、」
「Happy Valentine」

流れるような言葉を残して、英士は視界から消えた。
(思考回路が理解できない)(そんなつもりであげたんじゃない!)