優しくなんてしないで 幼馴染 帰ってきた一馬に声を掛けられて、結局あたしも一馬の部屋でいつもの定位置に座った。 一馬が買ってきてくれたお菓子やジュースを飲みながら結人がプレイ中の画面を見る。 それにしても、一馬の部屋なのに主導権が結人にあるのが不思議だ(いつものことだけど) 「そういやちゃんなんだって?」 「は?」 「だーかーらー、明日会う約束とかしなかったのかってこと!」 「んなのどうでも良いだろ」 「ほーう、俺に口答えする気か…セーブデータ削除すんぞ」 「ばっ!……出掛ける約束はしたけど」 「やるじゃん。で、どこに?」 「どこでも良いだろ!」 「照れんなって。あ、そだ」 「ん?」 「明日も来るからよろしく」 「なんで?」 ほんとは分かってるんだけど、出来れば言わないで欲しかった。 明日がただの日曜日じゃなくて…… 「だって明日バレンタインだぜ。当然今年もくれるだろ?」 「あーごめん、今年はなし」 「え、なんで!?」 結人が明日の一馬と彼女さんの予定を聞きたがるのは、明日がバレンタインデーだから。 毎年一馬にあげていたし、結人と英士に出会ってからは二人にも毎年あげていた。 だけど、今年は、今年からは、 「どうせ学校で大量にもらえるでしょ。それにいつも三人に渡してるのに今年は一馬にだけあげないってのも可哀想だし」 「そんなん一馬だけなしにすれば良いって」 「そういうわけにもねー」 「てかなんで俺にくれねぇんだよ?」 「だって本命からもらえるんだから、義理なんて必要ないじゃない」 「なるほど、ちゃんに遠慮してんのか。らしいぜ」 じゃぁ今回は諦めるか。態とらしく肩を竦めて再びゲームに向き直る結人に、ごめんねと笑う。 これでこの話はおしまい。そうなるはずだったのに、そうなって欲しかったのに、神様は残酷だ。 (いつだってあたしの願いを聞いてくれない)(英士みたいに意地が悪い) 「のことは関係ないだろ」 「…関係あるよ。彼氏が沢山チョコもらってたら、あんまり良い気分しないと思うし」 「はそういうヤツじゃない」 「んー…でもあたしが気になるし、」 「俺が良いって言ってんだから良いんだよ」 「でも……」 これ以上はもう止めて。もう、何も言わないで。 10年以上も一緒にいるんだもん。一馬が次に言う言葉くらい、嫌でもわかっちゃうよ。 「俺はからのチョコが欲しい」 頭の中で、何かが弾けた(聞きたくなんてなかったのに) 「……。やだよ。絶対あげない」 「…?」 一馬は残酷だ。優しい顔で、優しい声で、優しく優しくあたしを殺す。 優しさに埋もれて、あたしは息が出来なくなるんだ。苦しくて苦しくて、逃げ出したくなる。 一馬が欲しいのは、幼馴染からのチョコレート。 だけどね、あたしがもらって欲しいのは、そうじゃないんだよ。 一馬があたしのことを大切にしてくれてるのはわかってるの。自惚れだなんて思わない。一馬はあたしのことが好きだ。 だけど、だけどね、その「好き」はあたしが欲しい「好き」じゃないんだよ。 「我侭な一馬にはぜーったいあげない!」 にっこりと、無邪気な子供のように。笑え、笑え、頬の筋肉に一生懸命指令を出す。 上手く出来たと思ったけれど、そうじゃないと気づいたのは、はっとしたような一馬の顔(相変わらずこんなとこばかり鋭いね) 結人がゲーム画面から目を逸らさないということは、声は震えていなかったはず。 失敗したのは笑顔の方だ。今のあたし、泣きそうな顔でもしてるのかな? 「お前、」 「―そういえば、俺に本貸してくれるって言ってたよね」 「……え?」 一馬が口を開くよりも、あたしが立ち上がるよりも早く紡がれた声は、違うことなく英士のものだ。……どうして? 「それって今日でも良いでしょ。というかもう遅いし、本借りるついでに送ってくから帰ったら」 「お前なー、せめて『送るからついでに本貸して』くらい言えよ。ジコチューめ!」 「結人に言われたくない。ほら、行くよ」 「え、あ…うん。じゃぁね二人とも。ゲームは程々にしてゆっくり休んでね」 英士に声を掛けられて漸く一馬から目を逸らせた。その間も軽口をたたく結人を英士はさらりと受け流す。 あたしの家に着くまでの時間なんて1分程度しかないのに、沈黙が重くのしかかって潰されてしまいそう。 「……色々とありがとう」 「どういたしまして。それより適当に本貸してくれない?あぁ言った手前、手ぶらで帰るわけにはいかないし」 「分かった。ちょっと待ってて」 英士が何のつもりで口を挟んだのかは分からないけど、お陰で助かったのは事実だ。 二人きりじゃないときに英士に話しかけられたのは初めてで…… 「ねぇ、どうして助けてくれたの?」 「別に。ただの気まぐれ」 「気まぐれ?」 玄関に戻って本を渡すと、英士は内容を確かめるようにぱらぱらとページをめくった。 訝しげなあたしを感情の読めない瞳に映すと 「そう。―報われない想いに縛られてるがあまりにも可哀想に見えたんだよ」 怖いぐらい綺麗に微笑った英士から目を逸らすことが出来なかった。 (気まぐれでも嫌いな人を助けるなんて)(英士はどうかしてるんだ) |