悪足掻きはやめよう。自分に言い聞かせるのは、何回目?



幼馴染




「んじゃ、腹も満たされたことだしゲームしようぜ。一馬、ちゃんとレベル上げしといたか?」
「したけど…ってまさか結人また俺の続きでやるつもりか、ってまてこら!」
「一馬、こっち片付けとくから行って良いよ」
「でも…」
「良いから行きなって!ほら、早くしないと結人に進められちゃうよ?」

「ごち!」と素早く二階へ駆け出した結人を追おうと一馬も腰を浮かせたけど、
結人と違うのはその手に食べ終わった食器があること(因みに結人の分も持ってたりする)
そんな一馬に片付けを引き受けるつもりで手を伸ばすと、一馬は困ったように眉を寄せた後「サンキュ」と急いで二階へ上がって行った。

ちょっと前まで韓国で試合をしていた人達とは思えない。
サッカー技術は人より高いけど、こういうところは普通の中学生と変わらないんだよね。
年相応の姿に頬が緩む。さて、洗い物でも始めようか――「随分ご機嫌だね」
……そうだ、すっかり忘れていた。年相応の姿なんて滅多に見られない人がこの場にいたんだった。

「別に、普通だよ」
「大好きな一馬に久しぶりに会えたのに?」
「…英士は相変わらず遠回しに嫌なことばかり言うね」
「それはどうも」
「褒めてないし」

久しぶりに話す英士はやっぱり相変わらずのすまし顔だ。
英士相手に突っかかっても勝ち目がないのはわかってるから、なるべく顔を見ずに片付けに集中することにしよう。
自分の分の食器だけキッチンに運んだ英士は再び座っていた椅子に腰を下ろす(手伝う気はないらしい)(早く上行けば良いのに)
英士が座っている位置はキッチンの正面。不本意ながら、英士と向かい合った状態での片付けだ。
水の音と、チクタク進む時計の針の音。不意に音を上げる冷蔵庫。何だか、非常に気まずい。

「嬉しい?」
「…え?」

水音に混じって聞こえた声に顔を上げると、お茶を啜っていたはずの英士がこっちを見ていた。
聞いてなかったの。と、呆れにも非難にも似た視線を送ってもう一度口を開く。

「俺と久々に話せて、嬉しい?」
「……。試合に勝てなかったから頭おかしくなったの?」
「失礼だね。そもそも試合とは関係ないでしょ」
「まぁ、そうだけど…」
「それで?」
「………英士こそ、どうなの」
「俺が質問してるんだけど。…まぁ良いや。俺は嬉しいよ」

スポンジを動かす手を止めて恐る恐る口を開くと、絶対にあり得ないと思っていた言葉が返ってきて顔を上げた。
なんで?どうして?英士はあたしが嫌いなんでしょう?
言葉の裏を探るように、あからさまに訝しげな視線を投げ掛けると、英士は音もなく笑う。

「だって、の反応見てると退屈しないから」
「…最低」
「何とでも」
「……英士ってやっぱり意地が悪いよね」
にだけじゃない?」

あれ?微かに感じた違和感にことりと首を傾げる。改めて英士に視線を送るけど、変わったところは見られない。
だけど、確かに感じた違和感。なんだろう?と更に凝視する。

「なに、そんなに見ても手伝わないよ」
「そんなつもりじゃなくて。……ねぇ、英士なんかあった?」
「……」
「なんか変わった気がするっていうか、うん。やっぱりなんか…。韓国戦で何かあった?」

一馬もいつもと違ったの。その言葉を飲み込んで問いかけると、英士は少しだけもったいぶる様に口を開いた。

「試合中、韓国選手に多少絡まれた程度だけど」
「それだ!」

突然大きな声を出したあたしに、英士は可笑しなものを見るような視線を送る。
あたし自身、思いの外大きかった声に驚いて慌てて口を塞ぎそうになった(生憎両手は塞がってたけど)

「そっか、だから一馬悔しそうにしてたんだ」
「…なんで一馬が出てくるの?」
「だって電話くれた時の一馬、すごく悔しそうな声だったから」
「試合に出られない時はいつもだろ」
「ううん。いつもと違ったの。多分、そのとき英士の傍にいられなかったのが悔しかったんだよ」

ピッチの中にいれば何か言うことができたけど、ピッチの外では見てることしかできない。
きっと一馬はそれが歯痒くて、悔しかったんだ。

「ふうん、一馬のことなら何でもお見通しか」
「別にそういうわけじゃないよ」
も結構酷いよね。絡まれた俺よりも一馬だなんて」
「え、だって英士はもう吹っ切れたんでしょ?」

一皮剥けた感じがするから。思ったことをそのまま口にすると、英士は驚いたように目を瞠った。
あれ?あたし別に間違ったこと言ってないと思うんだけど、
不思議そうに首を傾げていると、少し急いだような足音とともに一馬がやって来た。

「悪ぃ、俺ちょっとのとこ行って来る。直ぐ戻ってくるけどもしそれまでに母さん来たら伝えといて」
「……。うん、わかった。気をつけてね」

すう、と奥が冷めたような感覚に現実に引き戻される「急にどうしたの?」「や、結人がちょっと…」
目の前で交わされる二人の会話も上手く耳に入らない。
」さんは一馬の彼女さん。会いに行くんだ。久しぶり、だもんね。

「二人ともなんか買ってきて欲しいものある?」
「俺は良いけど結人が欲しがるんじゃない」
「もうポテチ頼まれたよ。つかアイツ結局俺がセーブしたとこからやってるし。―は?」
「え?……あ、ううん、大丈夫。ありがと」
「そっか。じゃぁ行ってくるな」

がちゃり、玄関の扉が閉まる音がやけに遠く感じた。
――行っちゃった。折角久しぶりに会えたのに。
だけど、当然だよね。あたしはただの幼馴染で、さんは一馬の彼女だ。会いたくなって当然。

仕方ない。仕方ない。
顔に出さないように小さく息を押し出して再び洗い物に集中する。
いつの間にか隣に来ていた英士がさっきまで使っていた湯のみを置いた。

「これもお願い」
「うん、わかった」
「……。あぁそう、良いこと教えてあげる」
「…なに、」

二階に上がるために踵を返した英士が、ふとドアノブに手を掛けた状態で動きを止める。

「一馬、試合が終わってからにしか電話してないんだよ」
「……」
「それじゃあとよろしく」

どうしよう、目が熱い。
ぼとぼとと零れそうになる涙の粒を押し止めるのに精一杯で、これじゃぁちっとも洗い物が進まないよ。


「人という字は互いに支えあってできてる」なんて、最初に言い出したのは誰だったんだろう。
確かに支えあってる人もいると思う。現にあの三人がそうだ。だけど、だけどね、少なくともあたしと英士は違う。
あたしが英士を支えられるわけがないし、英士があたしを支えてくれるはずがない。
(だって英士はあたしが嫌いだ)(ねぇ、そうでしょう?)