数日ぶりに聞く声は、相変わらずあたしの頬を緩ませる効力は抜群だった。 幼馴染 最後に英士と話したのは、年が変わる前の、あのコンビニ。 その後も会うことはあったけど、一馬と結人も一緒だったから話すことはなかった。 明日、一馬たちが日本に帰ってくる。 試合の結果はもう知ってる。一馬が電話で教えてくれたから。 試合中に雪が降り出して凄く寒かったこと。潤慶は相変わらずだったこと。 ………結局、一度もベンチから離れられなかった、こと。 サッカー馬鹿集団の幼馴染だというのに、残念ながらあたしにサッカーの知識は殆どない(楽しめば良いんだって一馬は言ってくれた) だけど、わかるよ スタメン入りできなかったとき、一馬が一人で唇を噛んでること。 昔からFW一筋なのに、ロッサでも選抜でも9番を背負えないのが泣きたいくらい悔しいこと。 納得できない試合の後、一馬はいつもあたしに電話をしてきた。 あたしは一馬じゃないから漠然としかわからないけど、今回は、なんか違った。 試合に対する悔しさだけじゃなくて、なんだろう…よくわかんないんだけど、とにかくいつもと違うの。 仕事の都合でお帰りなさいを言えないおばさんの変わりに一馬の出迎えを頼まれたのは昨日のこと。 「海外から帰ってきたのに家に誰もいないだなんて寂しいじゃない」申し訳なさそうにおばさんは笑った。 一馬の家のリビングで寛ぎながら、玄関が開くのを待つ。 やがて、ガチャリと鍵が開けられる音と、人の話し声が聞こえてきた。 今日は寄り道しないで帰ってきたんだ。そんな些細なことが嬉しくて、にやける頬を手で押さえつける。 「あーまじ腹減ったー。一馬なんか食い物ちょーだい」 「母さん仕事だから何もねぇよ」 「うっそマジで!何の為に一馬の家来たんだよ」 「にただいま言うんだって言い出したのお前だろ」 「どうせ結人は初めからおばさんの料理が目的だったんでしょ」 「や、うんまぁそれもあるけど」 「おい!」 相変わらずのやり取りに小さく笑みが漏れた。良かった、元気そう。 リビングのドアが開く瞬間を見逃さないように息を潜めて―― 「お帰りなさい」 「え、…?」 「おぉ、じゃん。ただいまー」 「…」 ほぼ想像通りの三人の反応に、もう一度「お帰り」とにっこり笑う。 あたしがいることに驚きを隠せない一馬は、ぱちぱちと瞬きを繰り返した後、「ただいま」と小さく笑った。 「いるならいるって最初から言えよ」 「だっておばさんが『驚かせてあげて』って言ったんだもん」 「だから靴なかったのか…」 「うん。勝手ながら下駄箱に隠させてもらっちゃった」 くすくすと笑うあたしを見て、一馬は呆れたように肩を落とす。 そんな仕草さえ、数日ぶりのあたしにはどうしようもなく嬉しく思えて(これはもう、重症だね) 「結人に嬉しいお知らせがあるよ」 「え、何々!?」 「なんと、優しい優しいおばさんが、疲れて帰ってくる皆の為にシチューを作っていってくれました…!」 「よっしゃマジで!さっすがおばさん!さいこー!」 「ほんと凄いよねー。おばさんったら、結人があたしをダシにして一緒に真田家に来ることを見越してたんだから」 「えーと、もしかして、さっきの会話聞いてた?」 「聞いてたわけじゃないけど、あんまり大きな声だったから聞こえちゃったかなー」 態とらしく首を傾げてキッチンへ向かうあたしの背中に、慌てた結人の声が追いかけてくる。 そんなやり取りを聞いた一馬が「結人の分はなしだな」と、からかうように笑った。 (そういえばまだ「ただいま」って聞いてない)(別に、聞きたいわけじゃないけどね) |