なんだか物凄く、痛い。心から喜んであげられなくてごめんね。 幼馴染 やっぱり、こんな定位置嫌だ。 英士の目の前だというのは勿論理由に含まれるけど、だって、 今あたしの後ろで、一馬が彼女さんと楽しそうに話をしている。 相変わらずあたしはベランダに寄りかからずに結人の方に寄ったままだけど、 それでも一馬の声が途切れ途切れに聞こえてしまう範囲内にいるんだから堪ったもんじゃない! 何にも知らない一馬は、あたしの部屋の窓を閉めてから直ぐに彼女さんに電話を掛けた。 何にも知らない結人は、こっそりとベランダに耳を傾けている。 全てを知っている英士は、何も言わずに一馬のベッドに寄りかかったままサッカーの雑誌を読んでいる。 「…結人、」 「ちょ、待って。今良いとこだから」 「……けど盗み聞きは良くないよ」 「えーだって何か悔しくね?俺もまだ彼女いないのに一馬ばっかり!」 そういえばこの四人の中で恋人がいるのは一馬だけだ。 あたしは勿論だけど、他の二人もこの顔で彼女はいない。(告白とかされたことあるんだろうけど) どこか不満そうな顔で「英士もそー思うだろ?」と結人が言うと、英士は雑誌から顔も上げずに「別に」と一言で流す。 そんな反応は最初から予想していたのか、結人は然して気にするわけもなくあたしへと視線を移す。 うーん困った。きっとあたしに何か言う気だ。 誰かに助けを求めるにも、この場にはあたしと結人と英士しかいない。一馬は電話中だから勿論除外だ。 英士になんて助けを求めるわけにはいかないから(だって嫌いだし)(お互い様だけどね!)仕方なく腹を括ることにした。 「は悔しいだろ!だってあのかじゅまだぜ?」 「あのっていうのはよくわかんないけど、うーん…」 「は大事な幼馴染が彼女に取られても良いのかよ!」 どきり、とした。ほんの一瞬だけど。 結人は深い意味もなく言った言葉だ。それはわかっているけど、やっぱりどきりとしてしまう。 何気なく不自然に思われないように視線を泳がせると、相変わらずこっちに目もくれない英士の姿が目に入った。 見てはいなくても聞いているかもしれない。 いや、寧ろ英士のことだからまた二人になったときにあたしを困らせる為の何かを聞き逃すわけがない…! そう思うと妙な力が湧いてきた。そうだ、英士なんかの前でちょっとでも弱いあたしを出すわけにはいかない。 「確かに一馬は大事な幼馴染だけど、別に取られたとか思ってないよ」 「えー、だって彼女だぜ。絶対アイツ付き合い悪くなるって」 「それはないよ」 「何で?」 自信満々に言い切るあたしに、結人は疑わしそうに眉を寄せる。 要するに、結人は寂しいんだ。大切な親友が自分から離れていってしまわないか、心配しているんだ。 「だって一馬だよ。幼馴染のあたしが言うんだから間違いありません!だいじょーぶ」 結人の不安を打ち消すように、あたしは精一杯にっこり笑う。 寂しいのはあたしだって一緒。―ううん、胸の中の感情を思えば、全く一緒ではないよね。 だけど結人は何も知らない。あたしの本当の気持ちなんて、知らないんだ。 だからあたしは笑う。結人が安心するように。一馬がこれ以上なにも心配しなくて良いように。 「そっか、が言うなら間違いないよな!」 そんなあたしを見て結人もにっかしと笑ったから、あたしはもう一度「大丈夫」と笑う。 大丈夫。この言葉を聞きたかったのは、あたしだったのかもしれない。 一馬のことを疑っているわけじゃない。だって、一馬はとても優しい。 (照れ屋で人見知りだから初対面の人にはあまり優しく出来ないけど)(それでこっそり一人で落ち込むんだ) そんな一馬が、いくら彼女さんが大切だからってあたしや結人や英士のことを蔑ろにするわけがない。 「二人とも何してんだ?」 電話が終わったのか、一馬が笑いながら顔を見合わせているあたしと結人を不思議そうに眺めて言う。 彼女さんとの電話は長いものではなく、一馬は十数分でベランダから戻ってきた。 あたしたちと一緒じゃなければもっと話してたかもしれないけど、一緒にいる時に長電話をするつもりはないんだ。 こんなところからも一馬があたしたちを大事にしていることがわかる。 それはあたしだけじゃなかったみたいで、結人も幾分嬉しそうに笑って口を開いた。 「かじゅまには内緒ー。な、!」 「あはは、そうだね、内緒」 「何だよそれ。ま、良いけどかじゅまって呼ぶな!」 「うわー、反応遅っ!」 「煩ぇ!」 いつも通りの二人のやり取りが楽しくて笑いながら眺めていると、不意に一馬がこっちを振り返った。 ぽん、と頭の上に軽い重み。 きっと一馬はまださっきのことを気にしていたんだ。いつもみたいに直ぐに行くって言えなかったのは、英士に会いたくなかったからなんだけど… 一馬はそんなこと知らないから、いつもと違うあたしを心配してくれていた。 だからこそ、本気で笑ってるあたしを見て安心したんだ。もう大丈夫だな、と口には出さずに頭を撫でる。 一馬はとても優しい。物凄く、優しいんだ。でも今は、そんな優しさが―― (ちょっと、泣きそう)(だめだ、だめ) |