12/21(Fri)





「七夕の時にデッカイ笹が出現したから予想は出来てたけど、まさかここまでとはね」
「日本人は祭り事が好きだからねえ」
「その一言で全てが片付けられると思うなよ」



至る所に飾られた色取り取りのモールや紙で作った輪っか。
七夕を振り返れば生徒ホールにツリーが置かれるのは予想の範疇ではあったが、各教室まで目に鮮やかな装飾を施されるとは思わなかった。



「あはは!まああれだよ。毎年この仕上がりを見て新生生徒会の手腕がどれ程かを判断されるから彼らも手を抜けないのさ。 低予算でどこまで派手に出来るかがポイントだね」
「つまり生徒会の仕業か」
「全体図を考えるのは生徒会役員だけれど飾り付けには一二年生の有志も参加しているし、 進路の決まった三年もここぞとばかりに張り切って手を貸していたよ」
「あんたは?」



その笑みは肯定と取るぜ。
俺の言葉に口の端を左右対称に引き上げた彼女に息を落とす。
郵便屋なんて面倒な役を卒業まで続けるくらいだから、どうせ卒業後の進路もとっくに決まっているんだろう。



「この時期にこんな浮かれたイベントやって教師や受験組に睨まれねえの?」
「毎年の事だから皆承知の上さ。それに根を詰め過ぎるのも良くないだろう?破裂する前に少しは息抜きも必要だ。 …とは言え一部ピリピリしている繊細な生徒もいるから校内を煌びやかにはしても学校行事としてドンチャン騒ぎはしないのが決まりだね。 勿論、個人でやるのは自由だよ。丁度冬休みに入るから希望者を募ってクリスマスパーティーをするクラスもあるとか」
「へー」



唇から零れた気がない返事に彼女は一つ息を落として、大袈裟に肩を竦めて見せた。
…だから一々嘘っぽいっつーの。



「先日可愛い一年生が一体どんな餌を吊るせば椎名くんが釣られてくれるのかと私の所にまで相談に来たって言うのに、 当の本人はまた何ともつれないご様子で」
「人を悪者みたいに言うの止めてくれる?クラスのやつらにはちゃんと先約があるから行けないって言ったぜ」



今のクラスは嫌いじゃないし、軽口を叩き合えるやつらも居る。 学校行事の度に結束を深めるクラスメートたちの輪からわざと外れるような捻くれた真似はしていない。
だから、クラスでやるクリスマスパーティーだって飛葉のやつらとの集まりにさえ被っていなければ参加者名簿にしっかり二重丸くらい付けたさ。



「らしいね。中学の友人たちと約束があるから参加出来ないときちんと教えてくれたと聞いているよ」



一人頷く彼女に眉を顰める。
そこまで知りながら何故、態々俺に参加を促す素振りを見せるのか理解に苦しむ。

だって彼女は、俺が他人の感情を押し付けられるのが何より嫌いだと知っている。



「何なの?」



苛立ちを隠さず告げれば、彼女は微笑みを崩さずに二つに折り畳まれた一通の手紙を差し出した。



「さっき渡されたので全部じゃないの?」
「これは恋文ではないよ。まあ、ある意味ラブレターとも言えるかな」



訝しがりながらも伸ばした指先がぴくりと跳ね、そのまま動きを止める。「なぞなぞかよ」。 また言葉遊びか。彼女の話はいつも回りくどいのだ。
此方が求めている答えだけをシンプルに提示してくれれば良いのに、いつだって余計なものが邪魔をする。
だから俺は、鏤められた言葉を一つずつ拾って並べて繋ぎ合わせて、答えを探し出さなければならないのだけれど、



「生憎ぼくはあんたの言葉遊びに毎回付き合ってあげる程お優しくは出来てないよ」
「そうかい?応えてくれるだけ十分優しいと思うけれど」
「…うざ」
「照れない照れない」
「ポジティブ過ぎてまじウザイ」
「ネガティブ過ぎて常に負のオーラを撒き散らしているよりは良いじゃない。良くも悪くも感情は『うつる』からね。 人は鏡だよ、椎名くん」
「じゃあ毎月あんたがせっせと届けに来る手紙は全部不幸の手紙ってわけだ」
「君は時折随分と自分を低く評価するね。最初にきちんと言っただろう?私が君に届けているのは恋文だ。 一文字一文字に君への想いが籠められた手紙だよ」
「ぼくが碌に目も通さないの知ってんだろ。どれだけ心を籠めて綴っても返事は来ない。 そんな感情、さっさと捨てた方がそいつらの為だ。ぼくには重過ぎる」



吐き捨てた声が耳を伝って、やがて心臓に蔦が這う。

わかってるよ、エゴだって。だけど勿体ないじゃないか。
向けられた感情に向き合おうともしない俺なんかより、その感情をもっと別のものに向けた方がよっぽど有意義だ。 そうだろ?



「何度手紙をもらっても、俺はなにも返せない」



触れた指先から感情が剥がれてく。
二つ折りの手紙を中が見えないようにしっかりと指で挟んで受け取ろうとした刹那、耳朶を打ったのは酷く澄んだ――、



「君は損得で人を好きになるの?」
「、」
「恋愛感情に限ったことじゃないけど、誰かを想う気持ちってそれだけで一つの別の生き物だから、 ああしたいこうしたいと思ったところで素直に言うことなんて聞いてくれない。 世の中には為になる言葉が沢山溢れているし親身になって相談に乗ってくれる人もいるけれど、 結局最後にはそうして集まったものから自分で一つ一つ掬い上げて、自分なりの答えを作る。それがどんなに歪でも、 周りに何と言われても、自分がそれで良いと思ったならそれが正解なんだよ。 ―と、言うことで封筒に入れておくから気が変わったら読んであげて。はい。私は確かに渡したからね」



予め用意していたのか、俺の手に渡った手紙をそっと抜き取り封筒に仕舞った彼女は、それを再び俺に握らせては穏やかに双眸を細める。

一体、何だって言うのさ。

恋文と謳われた手紙を俺が読まないのを彼女は十分知っているのに。
何度手紙を届けても、今まで一度だって目を通せと言ったことはないのに。



「…意味がわからない」



受け取るだけで良いのだと、最初にそう言ったのは他でもない郵便屋じゃないか。



「それで良いさ。だってこれは、縦と横を繋いで君が、自分で見つけなきゃ意味がない」
「ヒントくらいくれても良いだろ」
「ふむ、それもそうだね。その手紙をしたためたのは君のクラスメートで、彼らは少しばかり君の中学時代の 友人たちに可愛らしい嫉妬を抱いている、と言うとこかな。椎名くんは本当に友人たちに愛されているね」
「…、は?」
「君のクラスメートが気の良い子たちばかりなのは私に言われるまでもなく君自身が十分過ぎる程知っているだろう?」



ぱちんと片目を瞑った彼女にぱちぱちと睫毛を叩く。「おやまあ可愛い顔しちゃって」。 次から次へと降って来る星屑のような笑い声は、不思議と砕いてやろうとは思わなくて。



「おっと、そろそろ時間だ。優秀な君にはヒントを与え過ぎた気もするけれど、少し早いクリスマスプレゼントとでも思っておくれ」



楽しそうに唇で弧を描き、彼女はひらりと手を振って軽やかな足取りで遠ざかって行った。



「…なにそれ」



ああ、もう、顔が熱い。
一人残されたぼくが、手のひらの温かな重みをどうするかなんて、彼女は確かめるまでもないのだ。



「こんな物寄こされたら意地でも時間調整して顔出してやるって気にもなるだろ、ばか」



校内を彩る飾りなんかより、たった一枚の紙がぼくにはとても眩しく見えた。








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縦と横を繋いで、き み が (クロスワードの日)