好きな女の子がいる。俺が彼女を好きだということは周りだけじゃなく本人まで気づいてると思う。
昨日今日で好きになったわけじゃないんだぜ?長い長い片想い。そろそろ実るかもしれないって思ってたのに、駄目だった。なにが悪かったんだろうな。なーんて、こればっかりは仕方ねえか。好きの形は人によって違うもんな。
だけどやっぱちょっと悔しい。あのまま流されてくれたらいつか俺が俺と同じ形に変えられたかもしんねえのに。
12/6
「さん英和持ってる?」
「あるよ」
「悪いけど貸してくんない?」
「うん、どうぞ」
斜め前で交わされる会話に耳がダンボになる俺。
何度目かの席替えで片想いの彼女の斜め後ろをゲットして幸せの絶頂に上った俺は次の瞬間一気に真っ逆さま。俺の前は彼の有名な椎名翼。名前までイケてんじゃねえかちくしょう。
半年前に名門中学から転校してきた天才イケメンはあっという間に不良を束ねてサッカー部を作っちまったもんだから大騒ぎ!でもま、性格はちょっと捻くれてるとこあるよなキューピーに対しても態度悪いし……そうさモテない男の僻みさチクショー!
や、でも俺だって勉強はとにかく顔はそこそこだと思うんだけど…運動神経だって割と良いし。でもやっぱ比べる相手が悪いなこりゃ。
斜め前のオモイビト。とは小学校のときからの付き合いだ。
どのクラスにも一人はいそうな、誰とでも仲良くなっていつもにこにこ笑ってる子。
目立つようなとこはないんだけど俺はが好きだった。…今も好き。
だけどもう、振られたよーなもんなんだよなーあ。
はちょっと流され易い。嫌って言えなかったり、人に言われたことを否定するのが昔から苦手みたいだ。
俺とはそれなりに仲が良かったから周りの協力もあってこう、なんつーかイイ感じになってたんだけど、いざ告白しようと思った矢先にのダチからが俺をそういう目で見てないことを知らされた。
恋人同士ってのは考えられないらしい。飽くまで彼女にとって俺は友達として好きな人。
…まあ、へこむよね。正直複雑。
そのくせ告らずに今まで通り仲の良い友達の関係でいる俺は多分弱虫だ。
彼女が人の好意をこっ酷く跳ね除ける性格じゃないのも、振った途端手のひら返したように冷たくなったり避けたりするような性格じゃないのもずっと見てたからわかってる。だからこれは俺の問題。色んな覚悟ができてない。
もしかしたらにとっては俺がなにもしない方が助かるのかもしれないけど、このままずっと不完全燃焼な状態でいるのは俺が辛い。一度は腹を括ったんだ。どうせならはっきり伝えて燃え尽きたい。俺のワガママ。
「ごめん椎名くん、ここ解る?」
「…ああ、そこはこっちの公式を使って」
聞き耳を立てなくても聞こえる距離。意識して視界から追い出さない限り見える横顔。
この時間が終わったら昼休みだから少しは気が紛れるかな。少なくとも二人のツーショットは見なくて済むし。
二人が付き合ってるとか、そんな噂は聞いたことない。
椎名のことを好きなやつはいっぱいいてぶっちゃけ男の俺から見てもカッコイイあいつをがいつ好きになっても可笑しくないけど、今んとこそんな感じもない。
―だけど、わかる。椎名がを見る目は窓に映った俺のと近い。
今はまだ椎名がに向ける好きの形は俺とは違うだろうけど、同じになるのは多分そう遠くないと思うんだよなあ。そしたらどうすんのかな。椎名は色々上手そうだから、俺のときとは違ってそのまま流されちまうかな。
……なあんて、この考え方はどっちにも失礼だ。直接振られたわけでもないのに傷心な俺はこれ以上自分を傷つけるのが嫌で俺に優しい未来を描く。
あーあ、やんなるぜ。
「どうしたの?」
「、へ?」
「部活行かなくて良いの?」
「…え?」
いつの間にキューピーの話終わったんだ!?俺を置いて放課後に突入した教室にはもう俺たち二人しかいない。
ここ最近こんなんばっかだ。斜め前の席からこてんと首を傾げてこっちを見る彼女が少しだけ眉を下げた。
「疲れてるときは休んでも良いんだよ」
…ああ、どうしよ、すっげすき。
俺の気持ちに気づいている彼女は、だけど俺が行動を起こさない限りどうすることもできない。
不完全燃焼で辛いのは俺だけじゃないんだよなあ。
告白して振られたやつは可哀想って慰めてもらえるけど、振った方は誰も慰めてくれない。…辛いのは一緒なのに。
勿論その人の性格にもよるだろうけど自分に真っ直ぐぶつけられる好意を受け取らないのって多分苦しい。
たとえば俺が仲良いクラスメートに告られて、でも俺はそういう風に見れないから断るってなったら、すっげぇ痛い。
こうしてなっがい片想いしてる俺なんて特に想像するだけでも泣きそう。でも断る側がそーゆー反応すると駄目だもんな。こーゆーのをどっちが辛いとか比べんのは違う。勝ち負けなんて決めらんねえ。
だからきっと時々が困ったように笑うのは俺の所為なんだろうな。他のやつはどう思うか知んねえけど、俺はそんなも好き。これが惚れた弱みってやつかも。なーんて。
だからもういっか。そろそろ、いいかな。この場合伝えることは単なる俺のワガママじゃないと思うし。
「…なあ、って俺のこと好き?」
「……。うん、好きだよ」
ああそっか。やっぱ同じ言葉でも響きが全然違えんだな。わかってたけど、やっぱ痛い。
「やっりい、俺も好き。じゃあ付き合う?」
ぴくりと指先が跳ねる。苦い顔。ゆっくりと、でもはっきり彼女の頭が左右に揺れた。
「駄目か。両想いなのに片想いかーあ」
「…あたしにくれる好きはあたしが想う好きとは違うんだね」
「うん。でもが俺を好きでいてくれるのは純粋に嬉しい。は?」
「……うん、嬉しい」
「良かった。じゃあ付き合ってから同じ好きに変わる可能性に賭けてみない?」
「……、」
「あ、待ってストップ!俺さ、ごめんは聞きたくないんだ。ごめんな」
ずるいかな。でもごめん。俺弱虫で良いや。
ゆっくりと首を左右に揺らした後に彼女の唇は五回形を変えた。俺の中にじわりと沁みる酷く優しい音色。
だから俺はまた明日なといつも通り笑って手を振れたんだ。
教室を一歩出た後は走って走って体育館に向かう。ダッシュダッシュ超ダッシュ!何度目かの角を曲がったとこで俺の身体は後ろに仰け反った。
「うおっと、すんませ、……あ」
「早く部活に行きたいのはわかるけど気をつけなよね」
「悪い椎名。そっちは部活どーした?」
「忘れ物したから取りに戻るとこ」
「…教室?」
「…そうだけど?」
「……ごめんそれ、もうちょっとだけ待ってくんない?」
「ぼくが教室に行くと困ることでもあるの」
「さっすが椎名!察し良いなー」
「茶化すな」
ぴくりと形の良い眉を持ち上げた椎名に思わず笑う。
こいつに負の感情を抱かないと言ったら勿論嘘になるけど、だからって俺はこいつが嫌いなわけじゃないんだ。
「本音だっつの。…俺さ、告った。んで振られた」
「……」
「なあ椎名、お前あいつのこと好きだろ?」
堅く結ばれた口がわずかに開く。口の上手い椎名になにか言われちゃ堪んないから俺は急いで言葉を捻じ込む。
「その好きが俺と同じじゃないんだったら、今はもうちょっと待って」
「…同じだったら良いわけ?」
「うん。だって同じだったら俺止めらんねえもん。好きな子が辛いときは傍にいたいし」
「……言っておくけどぼくは振られたクラスメートを慰めてやるようなお優しい性格じゃないからね」
「知ってるっつの。だけどお気に入りのクラスメートには喝を入れるようなやつだろ?」
だから今はまだ待って欲しい。好きな子にほんのちょっとくらい俺のことだけ考えてて欲しいじゃん?
一分後には全然違うこと考えてても良いから。せめて今だけは彼女の頭の中を俺でいっぱいにしたい。
「……俺は、」
「は俺のこと好きだって。俺だって好きなのに、なんで同じ言葉なのにこんなに違えの?」
「俺とお前の違いってなに?」
椎名のことは嫌いじゃないよ。でもやっぱ、ちょっと憎い。
だって彼女が椎名に向ける目は俺やクラスメートに向けるそれとは少しだけ違うんだ。多分、俺が一度告白を諦めた頃から変わった。
そう考えたらさ、流され易かった彼女が自分の意思とは別の方に流されるのを拒むようになったのにこいつが一役買ってるんじゃないかって、…勘だけど。
「ただ好きなだけなのになあ…」
重ならなくても良かったんだよ。ワガママだけど、好きだから。
同じだけの感情を返してくれなくても良いから同じになるかもしれない可能性に賭けて欲しかった。
…それが駄目だったのかな。考え方の違いってやつか。
「―俺は、そういうお前が嫌いじゃないよ」
「……うわ、飛葉のアイドルに告られちった」
「茶化すな馬鹿」
「素直に喜んでるんだって。…じゃああいつのことは?」
俺よりも高い椎名の声がさっき聞いたばかりの音を奏でる。
その響きは俺が彼女に向けたものに近いのか彼女が俺にくれたものに近いのか――残念ながら、傷心の身で機能低下中の俺の頭には判断が難しいみたいだ。
いつかきっと失くした音を手繰るから
明日も明後日もこの距離から動かない俺のワガママを拒まないでくれてありがとう。
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