10/31(Wed)





彼女曰く、



「君は聡明な割に時折抜けていると言うか無防備と言うか…そのギャップにお嬢さん方はときめくわけだけれど 自身の詰めの甘さが招いた事象に対する怒りを他者で発散しようとするのは如何なものか」



…よくもまあ、いけしゃあしゃあと。



「他者を加害者に言い換えられる場面に於いては正当な行動だと思うけど?」



咄嗟に右手で捕まえた青いネクタイを容赦なく引き寄せながらにっこりと笑みを作れば、 強制的に前屈みにさせられた彼女はお手本のような苦笑を浮かべて降参とばかりに両手を挙げる。 そんな芝居染みた仕種で許されると思ってんの?



「肖像権って知ってる?」
「勿論だよ椎名くん」
「そう。じゃあ今すぐそのカメラ渡せネガごと燃やす」
「発言が物騒だよ椎名くん」
「誰の所為?」
「他でもない椎名翼くんの極上の笑みを至近距離で拝めるのは光栄だけれどあまりの眩しさに両目が潰れてしまいそうだよ」
「うん、潰してあげようか?ついでに日本語も聞き取れない左右の飾りも千切ろうか?」
「どちらもご勘弁を。謝るからまずはこの手を放してもらっても?いい加減お嬢さん方からの視線が痛いんだ」
「へえ、あんたもそういうの気にするんだ?」
「君は私を何だと思っているのさ」
「通り魔」



迷いの無い返答に拳二つ分先にある顔から苦笑が剥がれた。ざまあみろ。にやりと口角を上げて手を放す。 途端に右手からしゅるりと抜けたネクタイを整える彼女は大袈裟に安堵の息を零して、「酷いなあ」。言葉とは裏腹に表情は酷く愉しげだ。



「どっちが」
「突然の暴挙には謝るよ。申し訳ない。でもこれは文化祭で君の華麗なお化け役を期待していた生徒諸君の代表でやったまでさ。 これでも普通の日に人と違った格好をさせるのは流石にあれかと思って今日まで待ったんだよ?」
「何その中途半端な配慮。つまりハロウィンに託けた嫌がらせってわけ」
「嫌がらせだなんてとんでもない!」
「男子高校生の頭に妙な物着けといて何言ってんの?」



頭に何かを着けられたと気付いた瞬間に右手を動かしたけど、実際に何を着けられたのかは確認してない。
すぽっと填められた感触から多分カチューシャ。そこから想像出来る物は…ああ、想像したくもない。

げんなりと視界をぼやけさせるも現実は色褪せず、



「やらかした側の私が言うのも何だけれど、それはそのままで良いのかい? 勿論とても似合っているから差し支えがなければお嬢さん方の為にももう暫く現状維持をお願いするよ」
「ちょっと、人が現実逃避してんのに態々指摘すんな空気読め」



ついでに勝手に携帯向けてるやつらもまじで空気読め。盗撮ならせめて隠す努力しろ。
怒鳴り散らしたい衝動といっそ好きにしてくれと言う投げ遣りな気持ちが綯い交ぜになって、はああ、深い深い溜息の形で唇から零れ落ちた。



「そもそもお菓子あげたのに悪戯ってルール違反じゃない?」
「うちの悪魔はお菓子も悪戯も両方楽しみたいのさ」
「ムカツク。お菓子あげ損じゃん」
「私としては君がお菓子を持ち歩いていたことに驚きだよ」
「中学でも似たような目に遭ったからね。返り討ちにしてやったけど」



飛葉に転校して一度目のハロウィンはお菓子なんて持ってなくて、当然直樹や六助に絡まれた。 でもあいつら相手に大人しくしてる俺じゃないからそれこそ当然やり返したけど。
そして同じ過ちを繰り返すわけもなく、二度目のハロウィンには学習能力の無い馬鹿二人の口にハバネロチップスを詰め込んでやったのも良い思い出だ。

勿論今日だって警戒して家にあったお菓子を用意してきたのに…抜かった。






「やあやあ椎名翼くん。今日は其処彼処でトリックオアトリートの声が高らかに響くハロウィーンだけれど、ご機嫌如何かな?」



既視感に寄った眉間の皺を指の腹で丁寧に伸ばす俺を意に介さず、相変わらず効果音が響いてきそうな笑顔を 顔中に貼り付けた女は、「と言うことではいこれどうぞ」。今まさに上履きを取ろうとして固まったままの 俺の右手を通り越して下駄箱の個人に割り当てられたスペースに侵入すると、すとん、と紙の束を落とした。 …接続詞可笑しいだろ話繋がってねえよ。 投げ付けてやりたい言葉がぐるると喉を回るも言うだけ無駄なので無理矢理押し戻し、 アイロン掛けしていた左手で手紙を取り固まっていた右手の動きを再開させる。
その間も立ち去る様子の無い彼女に次に来るだろう言葉を何通りか脳裏に並べながら、 手紙を仕舞う為に開いた鞄の中身にさり気なく視線を落とした。

月に一度手紙を届けに現れる郵便屋が今月はまだ来てなかったからある程度の流れは予想済みだ。

テンプレート通りの台詞を口にした彼女に此方が鞄から取り出した飴を一つ渡せばそれで事なきを得る筈だったのに、 有ろう事か彼女は一見大人しく引き下がったように思わせて擦れ違いざまに隠し持っていた悪戯道具を彼女曰く 無防備な俺の頭に素早く装着し、同じく隠し持っていた使い捨てカメラで撮影。
流れるような早業に一瞬思考が追い付かず、けれど目前で翻る青いネクタイを咄嗟に捕まえ逃走だけは阻止して今に至る。



「可愛い一年生を往来で辱めておいて、まさか自分だけ無傷でいようなんて思ってないよね?」



彼女の肩越しにひらりと片手を揺らす影が現れたところで意識してにっこりと微笑む。「ッ!?」。 外野が騒がしいが知ったこっちゃない。通るスペースはあるんだから興味無いやつはさっさと教室行けば。



「よっすパシリ!今日も朝からパシられてんの?」
「…元会長殿が一年生の下駄箱に何の用かなと言うか今人の頭に何着けた?」
「先輩お早うございます」
「おー、おはよーさん。朝っぱらから襲撃に遭うなんて椎名くんも可哀想に。まあ猫耳似合ってっけど」
「最後の部分は聞かなかったことにするので、可哀想な後輩を憐れんで一つ協力して頂けませんか?」
「此処で断っちゃぁ男が廃るってもんだ!丁度良い感じの一眼レフもあることだし、使う?」
「…、ねえ待って用意良過ぎってかそのカメラうちのでしょ」
「ありがとうございます」



彼女の後ろでがっちりと手首を一纏めにしている彼から立派なカメラを受け取り、 白くて長い耳を生やした生き物に焦点を合わせるべくファインダーを覗き込む。
見慣れない引き攣った顔に自然と口角が上を向いた。



「椎名くん、謝るからほんとちょっと、勘弁して…!」
「猫って獲物を甚振る習性があるって言うよね」
「ほんとごめんねカメラ渡すから」



日頃飄々と郵便屋を演じている彼女は決してアドリブに弱くはなく即興劇もお手の物。
人目なんてちっとも気にする素振りも見せない彼女が実は写真を撮られるのが苦手だと教えてくれたのは、 ファインダー越しで効果音が響いてきそうな笑顔を浮かべ片手を彼女の肩に回してピースをしている彼だ。 類は友を呼ぶとはこのことか。

あまり時間を掛けると彼女が郵便屋の役柄を思い出してしまうとの忠告ももらっていたので、日頃の恨みも籠めて此処は容赦なく。



「知ってる?猫は兎を食べるんだよ」



軽快な音が時間を切り取る。

その後見事立て直した郵便屋が猫と兎のじゃれ合いを撮りたがるギャラリーに嬉々として応えるのは予想の範疇で、 時間の許す限り付き合ってやったのはただの気紛れ。何てったって今のぼくはしがない猫だからね。








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うちの悪魔はお菓子もいたずらも(ハロウィン)