10月18日(木)
…全然知らなかった。
というか、……うん。
***
「ねねっ!今日椎名先輩三者面談なんだって…!」
「まじ!?どっちが来るのかな?やっぱお母さん?」
「わかんないけど、先輩の親なら絶対綺麗な顔してるよねっ!超見たいんだけど!」
「おいチリトリ早く来い掃除終わんねーよ」
「あ、ごめーん」
同じ班の男子に声を掛けられれば、チリトリ担当の彼女は笑いながら箒を持った集団の中に入って行く。
…あれでしゃがんだらパンツ見えるかも。タイツ履いてるけど。
気づいたからには阻止するべく、「さっきの誰情報なの?」。
あんまり興味はないけど話の続きをする振りをしてチリトリを手にしゃがんだ彼女の後ろに立てば、
首だけで振り返った彼女がゆるく首を傾げた。
「えー?面談の話?」
「うん」
「えっとねー、お昼に日直の仕事であたし職員室行ったじゃん?そん時に先生が話してたの」
「そーなんだ」
「ちょっと見てみたくない?…ねねっ、今日急ぎ?」
予定はないけど興味もない。―でも、
「…別に急いではないよ?」
「じゃあ決まりね!」
満面の笑みを浮かべた彼女は、「はーい掃除終了ー!」。手早く回収したゴミを捨てると、
この後の予定を伝えるのだろう、短いスカートを揺らして廊下へと駆けて行った。
……付き合い悪いって思われたくないだけで、ほんとに興味なんてないし。
##
「うちらも来年は三者面談かー」
「夏休み前にやった二者面談でも面倒だったのに、親もとか絶対ヤなんだけど」
「進路決めんのメンドイよね」
学年毎に面談の形も時期も違うけれど放課後に教室を使うのは同じなので、
帰りのSHRが終わって二年生の階に来れば既に廊下は教室から追い出された赤いネクタイでいっぱいで、
青いネクタイのわたしたちは当たり前に浮いている。
「先輩何番目かな?」
「出席番号順なら前の方じゃない?」
「椎名ならトップバッターだぜ?」
「ッ!、…なんだヤマト先輩か。もう、ビックリさせないでくださいよー」
突然割り込んで来た声にびくりと肩を揺らしはしたものの、それが彼だとわかった途端表情を和らげた彼女たちに、
「何だって酷くね?」。口ではそう言いながらもヤマト先輩はにかりと笑った。
神出鬼没のヤマト先輩とは喋る機会も多いので、先輩の中でも軽口を叩きやすいんだと思う。二人も物凄い懐いてるし。
「てか先輩一番最初なんですか?」
「そー。基本は出席番号なんだけど、仕事の都合とか色々あんじゃん?」
「あ、そっか。中学の時もそんなだったね」
「ヤマト先輩はいつなんですか?」
「俺は月曜にやったよ」
「えー」
「どっちが来たんですか?見たかったー」
「なーいしょ!」
内緒話のトーンではあってもヤマト先輩は目立つし、一緒に居るのがわたしたち一年だから尚更だ。
ただ、中学時代は三年生より二年生の方が一年生に厳しかったのに高校では逆で、二年の先輩たちは派手なグループはあっても比較的優しいし、鋭い視線を向けてくる人がいないのが有り難い。
…高校では、というか、うちの高校ではって言った方が正しいかな。他校はわかんないし。
楽しそうに話す三人と同じ輪で笑いながら意識を別のところに飛ばしていたわたしだけれど、「ちゃん?」。
鼓膜を揺らす澄んだ声にはっと目が醒める。
「…間違っていたらごめんなさい。でも、あなた、ちゃんかしら?」
ゆっくりと動かした視線の先で、艶やかな短い黒髪が揺れた。
――わたしは、この人を知っている。
「、………西園寺、さん?」
おぼろげな記憶を辿って名前を呼べば、彼女はとても綺麗に微笑んだ。
さらさら、さらさら、
逆さまになった砂時計から、遠い記憶が落ちてくる。
「間違っていなくて良かったわ。ちゃんあの子と同じ高校だったのね。そう言えば中学も、」
「何してんの玲?教室そっちだけど」
「、え……しいな、せんぱい」
「なに?」
彼女の後ろからひょこっと現れた姿に思わず唇から音が零れたが、それ以上は続かなくて。
そんなわたしに椎名先輩は一瞬眉を寄せるも、すぐに視線を逸らして口を開く。
「一年がこんなとこで何してんのか知らないけど、そのバカと居ると碌な事ないからさっさと離れる事を勧めるよ」
「おいおい椎名ー、まさかバカって俺?」
「他に誰が居ると?」
「翼、お友達にそんなこと言っちゃ駄目でしょう?」
「友達じゃないから平気」
「ひでー!」
「あの、椎名先輩の…お姉さんですか?」
「違う。はとこ」
「えー!椎名家の遺伝子ってどうなってるんですか!?親戚まで美人っ!」
「あら。ありがとう」
「…玲、そろそろ時間。面談始まってるクラスもあるんだからあんまり騒ぐなよ」
「はーい」
「はあい椎名せんぱーい」
「お前は一生黙ってろ」
「酷ッ!」
目の前の会話が右から左に抜けて行く。
頭の中では、ぐるぐる、ぐるぐる、あの日の記憶が回って混ざって、……きもちわるい。
「ちゃん、」
「、ッ」
「あなたとはまた話をしたいと思っていたの。もし良かったら、連絡貰えるかしら?」
「……はい」
耳元でそっと囁いた彼女に渡された紙は、わたしが触るとすぐに歪んでしまったけれど、
西園寺さんはただ微笑むだけで何も言わず、椎名先輩に急かされるままに行ってしまう。
教室に入る刹那、先輩がわたしを見たような気がしたけど、――たぶん、気の所為。
だってあの人はいつだってわたしに背を向けるから。いつだって、行ってしまうから。
***
……消したい。