9/25(Tue)
「此方から言い出したことだから仕方がないとは言え勿体ない。実に勿体ないよ」 「…聞き飽きたんだけど」 「だろうね、私も言い飽きた。然れど何度でも言おう。勿体ない!だってそうだろう? 君程の整った容姿があれば看板息子として客寄せ効果は抜群じゃないか!それなのに嗚呼それなのに、 折角のお化け屋敷に陽気なお化け役どころか受け付け担当も拒否だなんて殺生な…!」 「陽気なお化け役は元からねえよ」 「おや?それじゃあ衣装が陽気なのかい?」 「そのお化け怖いの?」 思わず真顔で訊ねれば彼女はぱちりと瞳を瞬いて、「いつの世も空気が読めない者は恐ろしいからね」。 神妙に頷く彼女自身がそれだと知っての発言だろうか。彼女なら有り得る。 「で、結局君は当日何をするんだい?」 「暗幕の裏でドライアイスの管理したり絶妙なタイミングでそれっぽく鈴鳴らしたり」 「…売り上げトップの夢を打ち砕いてしまって君のクラスメートに合わせる顔がないよ」 「交換条件だろ」 「君の言う『メリット』がまさか文化祭で裏方に徹する為の口添えだとはあの時の私は思ってもいなかったのさ」 憂いを帯びた吐息を落とし睫毛を伏せる姿を見ても俺の良心はちっとも痛まないけど周囲はそうもいかないようで、 一体何事かと突き刺さる視線の数とひそひそ声が地味にうざい。もしやこれが狙いだろうか。 胡乱な目を向けたところで笑って流されるのだが。 「そもそも何でクラスの売り上げに関係ないあんたがそんなこと言うわけ?」 「愚問だね。記事になるからだよ。いやあ、見たかったなー。ドラキュラ姿の椎名翼くん」 「…そう言えば腐っても新聞部だったね」 「また随分な言い種だ。今でこそ郵便屋の印象が強いけれど、元々私は新聞記事を書きたくて新聞部に入部したんだよ?」 「あんたのバックグラウンドとか心底どうでも良い」 「ふはっ!これは失敬」 …やっぱり変な女。 彼女はいつだって俺の不遜な態度を笑い飛ばす。 初対面があまりにもあれだったので敬語を使うタイミングを失ってそのまま今日まで来ているが 注意を受けたことはなく、機嫌を損ねた様子も見せない。 チェシャネコのような顔の裏で何を思っているのか、じっと見つめてもちっとも透けてはこない。 「ん?どうかした?」 小首を傾げる姿に馬鹿正直に問い掛けたとてまともな答えは返って来ないだろう。 俺一人悩んでいるのも癪なので彼女が言い出さない限り口調を改める必要はないと瞬きとともに思考を切り替える。 「…そっちは何やんの?」 「私のクラスかい?ふふ、良くぞ聞いてくれました!我が三年一組は来る文化祭当日、教室を使って青春制服喫茶を開くのさ!」 「……、…なにそれ」 「文字通り、『青春制服喫茶』だよ。メニューは簡単なお菓子と飲み物、様々な制服を纏った給仕が客を持て成すんだ。 店内には写真撮影用のスペースも設けているから要望とあればお好みのあの人とツーショットも可能! 甘酸っぱい青春の匂いがするだろう?」 「…つまり、コスプレ喫茶ってこと?」 「そうとも言う」 「だからあんたそんな格好してるんだ」 「ギャルソンや学ラン、その他諸々意見はあったけれどやっぱりここに落ち着いたのさ」 「男装ばっかじゃん。で、その制服はどっから調達したわけ?」 先程から纏わり付く視線の主な原因は彼女にあり、斜め掛けの鞄に制帽、郵便屋っぽい衣装を着た人間が 廊下を悠々と歩いていれば誰だって視線を奪われるだろう。 「衣装提供には演劇部やそれぞれの身内、色んな伝手を頼っているよ。一から採寸して作った物は ないようだけれど、私のこれも衣装班が最後の仕上げを頑張ってくれたんだ。素晴らしい仕上がりだろう? 微調整をしたいからと言って試着させてくれてね、折角だから宣伝ついでにこうして校内を歩き回っていたのさ」 「気合の入れ方が違うのはよくわかった」 「そりゃあ私たちにとっては最後の文化祭だもの。更に我がクラスには会長殿も居るものだから熱の入れようが半端なくて。 ほら、彼にとってもこの文化祭が生徒会役員としての最後の大仕事だからねえ。 ちなみに彼は某軍隊の制服をいっそ嫌味な程華麗に着こなしていたよ」 「…ああ」 腐れ縁だとは言っていたがクラスまで同じだったのか。それはもう恐ろしく濃いクラスに違いない。 想像に眉を寄せる。思わず歩く速度が落ちたけれど隣を歩いていた彼女と距離が出来ることはなく、 そのまま更に速度を落とす彼女はやがてぴたりと足を止めた。 「さて、手伝ってくれてありがとう。重かっただろう?」 「別に。これ中に入れんの?」 変な女とは言え女は女。両手で抱えたダンボールの上に分厚い資料を数冊重ねた状態の癖して、 更に小脇に蛇腹式のパネルを挟もうとしている姿を見れば思わず手が伸びる。 そもそも何故持てると思った?どう考えても重量オーバーだしバランスが悪い。 「いや、此処までで大丈夫だよ」 「手を出したのはこっちなんだから最後までやるよ」 鉄壁の笑顔を横目にドアに手を掛ければ、彼女はくしゃりと相好を崩した。 「…それじゃあ、お言葉に甘えて」 最初からそう言えば良いのに。 「あ、でも散らかっているから気を付けて」 ……それこそもっと早く言え。 開いた先の惨状に思わず口許が引き攣った。なにこれ。以前訪れた時はちゃんと片付いていた部室が酷い有様だ。 「此処一番の大仕事前になるとどうしても、ね。資料が溢れて片付けても片付けても追い付かないから諦めたんだ」 「それにしても酷過ぎじゃない?これ何処に何があるかわかってんの?」 「意外にわかるものだよ。あ、それはこの辺りに置いて。ありがとう」 指示された場所に荷物を下ろし、改めて室内を見回す。 綺麗好きってわけじゃないけどこれはない。まじでない。 机も床も何かの資料で埋め尽くされていて、筆記用具もあちこちに転がっている。 「文化祭前は各クラスや部活が何をやるのか調べて記事にするだろう、それから当日のミスコン発表に備えて 集まった票を集計したり展示用に書き出したり、何かと仕事が多くて」 「部活で何かやるやつらはクラスの方休ませてもらえるんじゃないの?」 「ほら、私は最後だから。欲張りなんだ」 「ふうん」 欲張り、ねぇ? 細めた視界に彼女を映すも、当の本人は此方の様子など気にする素振りも見せずに、「だから今月は遅くなってしまったよ」。 ぱかりと口を開けた鞄に手を突っ込んで何かを探している。何か、なんて考えるまでもない。 「前回より多いのは配達が遅れたからだけじゃなくて、君の新しい魅力が知れ渡ったからじゃないかと私は推測するよ」 「…あんなのもう二度とやんないぜ」 「登校日がある長期休みは夏だけだから、もう私が突然お願いすることはないと思うよ?」 「そこは疑問形にしないでくれる?」 「ごめんごめん。あと、これは私から」 「…何?」 手紙の束の上に重ねられた封筒に首を傾げつつ、受け取って封を切る。 「何だか新鮮だなー」 「何が?」 「だって、椎名くんが私から受け取った手紙を開けているのを見るのは初めてだもの」 「…これはいつものとは違うだろ」 「それはそれは、開いてみて恋文だった時の反応が楽しみだ」 効果音が響いてきそうな笑顔にうんざりしながらも手は止めず、親指と人差し指で封筒の中身を引っ張り出す。 …ほら、やっぱり違うじゃないか。入っていたのは手紙ですらない。 「文化祭の招待券?」 「我が校の文化祭にはそれが無いと入れないだろう?君には配布されている枚数だけじゃ足りないかと思って」 「あんたは?」 「ご心配なく。それは私個人の物じゃないから」 ぱちりと片目を瞑る彼女に思わず溜息。入手経路の詮索はしないと心に決めた。 「手を伸ばして届く温もりを当たり前だと思わぬように」 「、え?」 「会いたい人が居るなら誘ってみれば良い。都合が悪かったとしても、何もしないよりは良いでしょう?」 ――どこまで、 一体何処まで見透かされているのか。目を瞠るぼくに、彼女は静かに唇で弧を描いた。
--------------------------------------------
手を伸ばして届くぬくもりを、当たり前と思わないように |