8月21日(火)

バイト終わりにセンパイたちとご飯。
色々話聞けて楽しかった。






***





「何で俺彼女できねーの?イケメンじゃねぇけどそこそこじゃね?駄目?」
「…んー、取り敢えずわたしはファミレスでウーロン茶ぶくぶくさせる人は嫌ですねー」


向かいの席でテーブルに肘をつきながらストローをくわえて遊んでいる元教育係に笑いながら告げれば、 カラン、氷が鳴いた。


「佐川さんって結構びしっと言うよね。あたし好きだな」
「わたしも先輩のこと大好きです!」
「ありがと、嬉しい」
「はいそこの女子−。先輩放置して告白大会しなーい。てか俺も混ぜろ」
「えー…」
「え、なに、佐川ちゃん俺のこと嫌いなの?先輩泣くよ?」
「…や、別に嫌いじゃないですよ?」
「じゃあ好き?」
「ノーコメントで」
「ひでぇ……ちゃん慰めて」
「先輩にセクハラしないでください」
「何で!?話し掛けただけじゃん!…何なの、佐川って女子は俺に厳しくする決まりでもあんの?」


年上にはそれなりに礼儀正しくするタイプなんだけど、 三つ上とは思えない気さくな先輩は反応が面白くてつい遊んでしまう。


「…先輩、わたし以外の佐川さんに何したんですか?」
「やめてー。俺が悪いことしたの前提に話すのやめてー」
「…あの、その佐川って、もしかしてアキラちゃんのことですか?」
「そー。佐川アキラ。…あ、佐川ちゃん知ってたっけ?ちゃんの従姉で俺の同中だったやつなんだけど」
「はい。えっと、うちの高校の卒業生なんですよね?」


以前教えてもらった情報を頭に浮かべれば自然とあの日の光景が再生されたので、 ぎゅっと手のひらを握って停止ボタンを押す。思い出したくない。


「そーそ。あいつ、まあイイヤツなんだけど何かと厳しいんだよなー」
「あたしには昔から優しいんですけど…。バイトしたいって相談した時も、知り合いが働いてるからってお店紹介してくれたり」
「その知り合いが俺です」


はいっ!と手を挙げた先輩に、言われなくても話の流れでわかると思いつつも口を挟む代わりに 親指と人差し指でストローの袋を挟んで意味もなくくるくると指に巻き付ける。


「ま、面倒見は良いよな。テスト前とかスゲェ世話になったし。つかあいつ毎回全教科90点超えんだぜ?意味わからん」
「先輩先輩、その口振りだと先輩が勉強全然できないって言ってるようなもんですよ?」
「……全然じゃないもーん、赤点は神回避してたもーん」
「テストで何点だと赤点になるんでしたっけ?」
「うーん…わかんないなあ」
「え、なにその会話今まで一度も赤点に怯えたことない人間にしかできない会話じゃんうっそん」
「…一度もってか、わたしまだ高校生になったばっかですし」
ちゃんは!?」
「えーと……、ごめんなさい?」
「やめてー謝んないでー。…でもそっか、佐川ちゃんあいつと同じ高校ってことは頭良いんだよなー。 それにちゃんとこもレベル高い方だし……そーか、バカは俺だけか…」


絶望したように顔を覆った彼に先輩が困ったように笑うので、「元気出してくださいよー」。 話題を変えようと口を開く。


「別に勉強できなくたって先輩面白いから大丈夫ですって」
「…うん、微妙な励ましをアリガトウ」
「どういたしまして?」
「えっと、でも面白い人ってモテますよね?」
ちゃんの優しさが沁みるなあ……でもさ、あれじゃん?ちゃんの彼氏も頭良いじゃん?てかイケメンじゃん」
「先輩に絡むの止めてくださーい。ウーロン茶で酔ったんですか?」
「後輩が冷たい…俺元教育係なのに……」


くすん。可愛くもない泣き真似をした“元”教育係は冷えた視線で制して、


「でも、」


何気ない口振りで隣に座っている先輩へと視線を移す。


「椎名先輩って確かに頭良くてイケメンで、しかも運動神経も抜群ですよね。何でもできるって言うか、 できないこと探す方が難しそうですよねー」
「うわ、べた褒めかよ。ま、確かに話聞く限りパーフェクトっぽいけどさ」
「王子様ですもん」


引き攣らないように注意しながらにっこりと口角を上げれば、わたしも立派な王子様ファンに見えるだろうか。

わたしは別に、椎名先輩がパーフェクトだとは思ってない。
だって身長低いし、何より口悪いし性格悪いし、あれのどこがパーフェクト?王子とか笑える。
――でも、


…?」
「…、翼くん?」


よく透る声は鼓膜に、鮮やかな赤茶色の髪は網膜に、いつだって焼き付いて離れない。


「おっ!噂の王子様じゃん!ばんはー」
「…こんばんは」
「店で何度か顔合わせてっけど、俺ちゃんの元教育係でーす」
「えっ…!」
「…何でお前が驚いてんの?」


思わず漏らした声に慌てて口を噤むも、椎名先輩はしっかり聞こえていたようでどこか呆れたように眉を寄せる。
どうしてこの人はいつも、流して欲しいところをしっかり拾い上げるんだろう。


「や、えっと……知らなかったのでちょっとビックリして…」
「あれ?言ってなかったっけ?」
「知らなかったです。…先輩、セクハラとかされませんでしたか?大丈夫ですか?」
「いやいやいや、佐川ちゃん彼氏クンの前でなに言ってくれちゃってんの!?てか彼氏クン以前にちゃんに手ぇ出してたら俺とっくにあいつにやられて今もうここに居ないからねっ!?」
「……冗談だったんですけど、そんな焦られると逆に怪しいです」
「佐川アキラに誓って俺は無実です!」


あ、先輩涙目。
ちょっと弄り過ぎたかなー。流石に申し訳ないので謝ろうと口を開くわたしより先に、「…佐川アキラ?」。 苦虫を噛み潰したような顔で、椎名先輩が口を開いた。


「翼くん、どうかした?」
「……なんでもない」
「…お?もしかして彼氏クンの弱点ってあいつだったり?」
「…、…弱点?」


不思議そうに首を傾げた彼に、先輩は楽しそうに口角を上げる。


「いやー、さっきね、佐川ちゃんが王子様の弱点知りたがってたからさー」
「、ちょっ…!わたしそんなこと言ってないですよ!」
「えー?そーだったっけぇ?」
「……根に持ってますね?わたしに散々弄られたこと根に持ってるんですね?…うわー、大人気なーい」
「まだ未成年だもーん」


ぐっと身を乗り出すわたしに、元教育係はニヤニヤと笑みを浮かべるばかり。何その顔殴りたい。
―だけど今は、それより先に何とかしなければいけないことがあって、


「…ふうん?お前、ぼくの弱点知りたいんだ?」


あ、無理。怖くてそっち向けない。
ぞわっと背筋に悪寒が走ったような錯覚に、冷房効き過ぎなんじゃないの?体勢を戻しつつ現実逃避。
…あぁ、もう、消えちゃいたい。テーブルの下で震える拳に、ふわり、柔らかな温度。


「翼くん。後輩が可愛いからって、そんなに苛めちゃ駄目だよ」


とん、とん、一定のリズムで跳ねる指先が、まるで“大丈夫だよ”と語り掛けてくれてるみたい。
ゆるゆると力が抜けて、手のひらから爪が離れて行く。


「なに、ヤキモチ?」
「違います」
「つまんねーの。妬けよ」
「…もー、翼くんのそういうとこ、ちょっと嫌」
「ふうん?」


離れて行く温度にそっと視線を上げれば、拗ねたようにそっぽを向いた先輩を、椎名先輩がとても優しい顔で見下ろしていた。 ……そんな顔、するんだ。(ずるい!)―膨れ上がった感情は、どっちに対して…?


「お、翼おった!急に消えんな、…って、ちゃんやん!ひっさしぶりやなあ」
「、井上くん?」
「はいはい店内で騒ぐなさっさと行くよ」
「ちょ、何すんねん押すなって」
「じゃあ自分でさっさと歩け」


突然現れた金髪の人をぐいぐい押して、椎名先輩は軽く頭を下げると先輩にあいさつもせずに行ってしまった。


「…えっと、あの、先輩ごめんなさい、大丈夫ですか…?」
「え?全然大丈夫だよ。喧嘩とかじゃないからね」
「これが噂のリア充か……俺も彼女欲しい………」





***





……自分の気持ち、わかんない。