7月1日(日)

学校で七夕なんて小学校が最後だと思ってた。
あの笹結局どこで手に入れたんだろう…?






***





「もしもし?今日暇?じゃあ今から学校おいでよ。…え?うんうちらもう居るよー。はーい、んじゃ待ってんね」


ツーツーツー、繰り返される無機質な音に電源ボタンを押して黙らせる。
ふと視線をやれば中学時代の体操着を着たぼさぼさ頭と目が合って、 カーテンの隙間から容赦なく射し込んでくる陽射しに目を細めつつ、(取り敢えず急いでシャワーだな)。 通常モードに移行した頭が最初に出した指示に従うべくベッドから足を下ろした。

日曜くらい昼過ぎまで寝てたって良いじゃん。



「テニスコートんとこのドア開いてるからそっから入っておいで」というメール通り、 休憩中のテニス部の間を抜けて手を掛けた扉はあっさりと開いたんだけど… 日曜って校内立ち入り禁止じゃなかったっけ? 薄れつつある四月の記憶を引っ張ってはみたが不明瞭で当てにならないし、既に友達は生徒ホールにいるので今更か。
まず下駄箱に回って靴を履き替えゆっくりと階段を上って二階に出れば、ただの廊下にしてはスペースが広く、 窓側に小さなソファーとテーブルが幾つか設置された生徒ホールはすぐそこだ。

近付くに連れて大きくなる聞き覚えのある声はとても小声とは言えないけど、これすぐ見つかって先生に怒られるパターン? 眉を寄せるわたしに一段と大きな声が響く。


「やっと来た!おはよー」
「時間的にはこんにちはじゃない?」
「どっちでもいーじゃん。も早くこっちおいで」


そう言って彼女が手招きする度にひらひらとカラフルな何かが揺れるので首を傾げつつ、 それぞれに“おはよう”と“こんにちは”を返しながら距離を埋めてソファーに鞄を置き、 テーブルに広がった光景に「何これ」と素直な疑問を零した。


「七夕の飾りだよー」
「七夕って、…七夕?」
「うん」
「それじゃ説明足んないって。ほらはてな顔だし」
「えー、だって何これって聞いたからー」


ぱちぱちと瞬く睫毛は一ヶ月前から主張が控え目になって、がっつりピンクだった頬も今ではほんのり色付く程度。
流石王子様の発言力半端ないわー。 感心とも違う何かを抱きつつ、七夕の飾りを作るに至った経緯を訊ねれば今度はわかり易く教えてくれたんだけど、


「え、じゃあ先輩今笹取りに行ってんの?」
「そーなの。どっから貰ってくるんだろうねー?」
「後で手伝ったお礼にプリントやんの手伝ってくれるって」


月曜提出の課題を何も手を付けてないまま机の中に置きっ放しにしていることに気付いて取りに来たものの 下駄箱が閉まっていて中に入れず、どうしようかと困っているところにヤマト先輩と遭遇して開いている扉を教えてもらったらしいのだが、 当の先輩は生徒ホールに置く為の笹を取って来ると言い残し何処かへ行ってしまったらしい。
ちなみにヤマト先輩の他にも生徒会役員が居たそうだが、彼らもわたしが来る少し前に作業に使う物を取りに席を外したとか。


「七夕終わるまでここに置くから誰でも好きに短冊付けて良いんだって」
「何か毎年やってるとかで、この飾りも使い回しらしーよ」


生徒会室で保管していた飾りの中には所々破れていたり糊が剥がれていたりする物があるので それらを確認して補強する物と処分する物に分けて、足りない分を新しく作るのが彼女たちに任せられた仕事だそうだ。


「短冊はどうすんの?」
「各自で好きな紙に書けば良いみたい。いっぱい作っといて余ったら悲しいじゃん?」
「あと、経費削減だって」
「へー」
「うちの学校って一応進学校寄りの筈なのに何か色々変だよね。面白いけど」
「校則もそこまで厳しくないしー、入れてラッキー」
「そーそ!倍率超やばかったもん」


共通の話題に花を咲かせながらも作業の手は止まらない辺り、二人の賢さが窺える。
わたしも二人に倣って作業をしていたけれど、遠くから段々こっちに近付いてくる声に気付いて思わず作業の手を止めた。


「先輩たち帰って来たっぽい?」


同じく手を止めて声のする方を見ながら疑問符を添えた彼女に答えるように階段にひょっこりと茶色い頭が見えて、 横に倒した状態の笹を一本抱えたヤマト先輩の姿を捉えるのにそう時間は掛からなかった。


「お帰りなさい!」
「おーただいまー。あれ?増えてると思ったらちゃんじゃん。ちわ」
「こんにちは。それどこから持って来たんですか?」


階段に駆け寄ったわたしたちに先輩はにかっと笑い、わたしの質問に答える為か再び口を開いたけれど、


「ねえ、さっさと進んでくれる?」


不機嫌そうな声に遮られてくるりと首を後ろに回してしまう。


「わりーわりー、ってちょっ!急に手ぇ放すなこら落ちっから!」
「さっさと行け」


丁度踊り場で足を止めていた椎名先輩は一つ溜息を落とすと、軽いだろうが葉っぱの所為で持ち難そうな上側を 掴み直して、先を行くヤマト先輩に合わせて歩き出した。


「椎名先輩こんにちは!部活どうしたんですか?」
「こんにちは。どうしたんだろうね?ちょっとそこのバカに聞いてみてくれる?」


愛想良くにっこり笑った先輩の言葉に棘があるのは気の所為ではないだろうが、 でも自分が怒られてるわけじゃないし、と気にした様子もなく質問を質問で返された彼女はそのまま視線を横へと流す。


「ドア潜んのに倒さないと入んなくてー、でもそーすっと一人じゃバランス悪いからどうしよっかなって考えてたとこに 救世主よろしく現れたからさくっと救ってもらっちった」
「何その顔殴りたい」
「やだ椎名くんってば暴力的!」
「こっちは休憩潰されたんだけど?」


笹を床に下ろして自由になった片手を腰に当てて、如何にも怒っていますポーズを取る椎名先輩にヤマト先輩は ちっとも怯まずぽんぽんと言葉を返すものだからハイレベルな言葉の応酬に口を挟む暇もない。
目の前で繰り広げられる笑顔の攻防に終止符を打ったのは、「おーいお前ら差し入れだぞー!」。廊下に響き渡る太い声。


「さっすが熊さん!まじ最高っ!」


ガチャガチャと音を立てるのは両手に抱えられた幾つもの椅子で、 大柄な先生の隣で小型のクーラーボックスを持つ女子生徒に気付けばヤマト先輩は素早く駆け寄ってやんわりとそれを奪った。


「先輩他の人は?」
「そろそろ来ると思う。すぐ戻るつもりが教頭先生に捕まっちゃって。 任せっぱなしになっちゃってごめんね? …あ、二人も手伝ってくれてたんだ?ありがとう」


話の内容から生徒会役員だろうその人は、既に顔合わせ済みの二人に申し訳なさそうに謝ると 今度はわたしと椎名先輩に笑い掛ける。
友達と揃って気にしないでくださいの意味を込めて首を振れば、彼女はまた「ありがとう」と微笑んだ。


「先生がアイス買ってきてくれたから休憩にしよう」
「わーっありがとうございますー!」
「どういたしまして。多めに買っといて正解だったな。色んな種類があるから早い者勝ちだぞ。 ―じゃあ後はよろしくな。職員室に居るから何かあったら声掛けろよ」
「はい、ありがとうございます」
「ご馳走さまっす」


戻って行く先生の背中を見送れば自然とヤマト先輩が床に置いたクーラーボックスに視線は集中し、 蓋を開けて味も形も値段も様々なアイスの姿に友達の嬉しそうな声が弾む。


「ほんとにいっぱいある!先輩たちどれが良いですか?」
「先に好きなの選んで良いよ」
「え、でも…」


縦社会が染み付いた女子としては、先輩がどうぞと言ってくれたからって簡単に飛び付くことはできないのだ。 どうしようかと三人で顔を見合わせていれば、凛とした声が響く。


「ありがとうございます。ほら、一年先に選びな。 会長が先に選ばせてくれたって言えば生徒会のやつらだって何も言わないから」
「そうそう。それに手伝ってくれる子たちにそんな馬鹿なこと言うような礼儀知らずうちにはいないしね」
「そんなんいたら即会長直々の指導入っかんなー」


そっかこの人生徒会長か!遠目でしか見たことなかったから全然わかんなかった…!

一人静かに驚きながらも友達と視線を合わせ、折角の厚意だからとお礼を言って改めてボックスを覗き込む。 …あ、ハーゲンダッツある!でも少ないし高いの取るのはちょっと……よし、パピコにしよう。


「溶けちゃうから選んだらもう食べて良いからね」
「ありがとうございます。じゃあお先にいただきます」


同じ女子である会長がわたしたちが遠慮しないようにとまた先手を打ってくれたので今度は素直にお礼を言って、 この人数なら全員ソファーに座れるし先生が持ってきた椅子もあるからと友達と並んでソファーに座れば、 まずは指先に力を入れて袋を開け、次にパピコを半分に割って一つは袋に戻し膝の上に置いて、取り出した半分の口を開ける。


「椎名どれにする?」
「ぼくはいいよ」
「え、なんで?好きなのなかった?」
「いえ、そろそろ部活に戻らないといけないので」
「キャプテンが椎名は休憩延長で良いって言ってたからまだ平気だろ」
「…何それいつ話したの?」
「椎名借りる時に目と目で会話した、ってのは嘘で、ちゃんと確認したからこれまじだぜ」
「ふうん?」


口の中にしゃりしゃりと広がるチョココーヒー味に体温が下がって行くのを感じつつ 先輩たちの話が気になって何気なく視線をやれば、ぱちり、大きな目とぶつかって思わず肩が跳ねた。
だけど椎名先輩はすぐにわたしから視線を外してクーラーボックスに手を伸ばす。


「じゃあこれぼくのね。でもそんなのんびり食べてる時間無いから…ねえ、これとその半分交換してくれない?」
「、え?……でもそれじゃ、」
「チョコブラウニー嫌い?」
「好きです!、…あ、えと、好きなんですけど…」
「そ。じゃあ良いよね。はい交換」


スカート越しの冷たい温度が遠ざかると入れ替わりにちょこんとカップが置かれて、 それは、さっきわたしが手が出せなかった物で、


「……ありがとうございます」
「こっちが頼んだんだけど、どーいたしまして? それじゃぼく戻るんで。お疲れ様です」
「手伝ってくれてありがとう。椎名くんも部活頑張ってね」
「先輩お疲れ様ですー!」
「お疲れ様です」
「絶対まだ時間あんのに、お前ほんとサッカー好きだよな。よっサッカーバカ!俺らの力作楽しみにしてろよ!」
「どこぞのバカが少しは静かになりますようにって短冊書いといて」


ぱきっとパピコの口を折った椎名先輩はヤマト先輩の軽口に口の端で笑って、 そのまま背を向ければ一度も振り返ることなく足早に階段を下りて行った。





***





ただの偶然に決まってる。