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5月20日(日) 今日は友達に誘われて、学校でサッカー部の試合観戦。 ちょっとだけルール覚えたかも? *** 「きゃー!椎名せんぱーい!」 「超かっこ良かったですー!」 こんなに間近で黄色い声とやらを聞いたのは初めてだ。うわ、耳キーンてする。 隣を始めそこら中から聞こえる女子特有の高い声に内心げんなりしつつ、 真面目な顔でチームメイトと話をしながらベンチに戻って行く姿を眺める。 何かの大会の一つなのか練習試合なのか知らないけど、サッカー部がうちで試合をやる度にこうなんだろうか? 相手チームやり難そう。 ちらりと反対側のベンチに視線を送るも、知り合いがいるわけでもないしとすぐに意識は逸れて、「ねぇ」。 頬を染め興奮気味にサッカー部の勇姿を語り合う友達に声を掛けた。 「ん?どした?」 「ずっと応援してて喉渇いちゃった。何か買って来るけど、何が良い?」 「あたしコーラ!」 「みかんゼリー。売り切れてたら普通のオレンジで」 「はいよ」 「一緒行く?」 「三つなら一人で持てるし平気ー」 鞄は見ててもらうことにして財布だけ持って自販機に向かい、列の一番後ろに並んで順番を待っていたのだけれど、 いざわたしの番という時に目の前に人が入り込んで踏鞴を踏む。横入りとかまじないわー。 「ちょっとこの子並んでたじゃん」 「えー?そうなの?ごめんねぇ」 わたしの後ろには誰もいないから文句を言うとすればわたし意外にいないんだけど、 「いえ、大丈夫です。お先にどうぞ」 「やったありがと!良いって!」 「ほんとにごめんね。ほら早く選ぶ」 注意するくらいならそのまま後ろに並ばせてくれないかな、と思わないこともないが、 緩く結ばれた緑色のネクタイに下手なことは言うべきじゃないと笑って首を横に振ると、二人も機嫌良く笑って自販機に向き直った。 「翼くん何が良いかなあ?」 「やっぱりスポドリじゃない?」 「そんなんわかってるしー。でもスポドリだっていっぱいあるじゃん?」 ……長い。さくっと選べさくっと。 これならコンビニ行った方が早かったかも、とポケットから取り出した携帯を弄りつつ思うけれど、 今立ち去ったら嫌味に取られるかもしれないから我慢だ我慢。 メールに夢中な振りをして何度目かの溜息を飲み込めば、不意に明るい声が響く。 「せーんぱいたち!」 関係ないとわかりつつ思わず顔を上げてしまうわたしの前で、 自販機と睨めっこを続けていた二人組はきょろきょろと辺りを見回すが声の主が見つからずに不思議そうにしている。 「上っすようーえ!」 「え?…あっ!ヤマト!」 「ちわっす。先輩たち椎名見に来たんでしょ?そろそろ戻んないとハーフタイム終わっちゃいますよー」 「うそ!まだ買ってないのに…!」 「そんなん良いから早く戻ろ」 「うん。ばいばいヤマト、ありがとね!」 二階の窓から顔を出した男子生徒に手を振って慌ただしく去って行く姿に、 おいわたしには何も無しかなど言えるわけもなく、ふう、 漸く吐き出すことができた息を一つ落として財布を開けるわたしは正に中学時代に縦社会が染み込んだ女子代表である。 「災難だったね」 ガコン、三つ目の缶が落ちる音に被さった声に驚いて肩を揺らせば、わたしに声を掛けただろうその人が、 「ごめんねびっくりさせちゃった?」。と申し訳なさを孕んだ声とともに視界の隅で首を傾げた。 「大丈夫です。てか先輩さっき上にいた人ですよね?階段下りるの速過ぎません?」 「俺足超速いの。…ネクタイ青ってことは一年か。キミも椎名の応援?」 「あ、はい。友達と一緒に来てて」 「そかそか、あいつカッケーもんなー。サッカーも超上手いし」 「そーなんですよー。それにサッカー部ってイケメン多いじゃないですかー」 くるくると表情の変わる先輩の楽しそうな声に合わせて余所行きの声で応じていると、 先輩は「あ!」と声を張り上げ、困ったように眉を寄せる。 「ごめん、サッカー部観に来たのに引き留めちゃって」 「全然です。元々ルールとかわかんないし、途中からでも楽しめるんで」 「そ?でも友達待ってるよね?一緒に行ってちゃんと俺の所為で遅くなったって証言すんな」 「え?…いやいや大丈夫なんで!」 「丁度俺もサッカー部に用あんのよ。…っと、んじゃ行こっか」 「……はい、お願いします」 言いながらしゃがんで自販機から缶を取り出した彼がそのままにっこり笑って歩き出すので 自分で持つと言える雰囲気ではなくて、折角だしと先輩の厚意に甘えて、「早くー」。数歩先で振り返った彼に 急かされるように止まっていた足を動かした。 「あ!優花やっと来た!もう始まっちゃったよ」 「遅かったねー、何かあったの?」 「ごめんごめん」 取り敢えず謝れば別に怒っていたわけでもない彼女たちはすぐに笑って許してくれる。 「てか手ぶらじゃん。自販全滅だった?」 どうやらわたしが外している間に用意してくれていたらしい小銭を手に首を傾げる彼女に答えようとしたところで、 「お待ちどーさまでーす」。明るい声が割って入った。 「ごめんね、ちょっと声掛けられちゃって。…はい、どれが誰かな?」 「え、…ヤマト先輩!?優花どーゆーこと!?」 「えっとつまりー、優花ちゃんが遅くなったのは俺が話し込んじゃったからなんだよね。ほんとごめんな?」 「全然平気です!」 「ありがとー。で、どれがキミの?」 一気に色めき立った彼女たちの怒涛の質問攻めを笑って躱しつつ缶を渡した先輩は残った一つをわたしに差し出すと そのままどこかへ行こうとしたが、そうはさせまいと口々に引き留められて結局一緒に観戦することになった。 わたしと同じくルールを理解していない友達が試合展開に疑問符を飛ばす度にわかりやすい説明をしてくれるので 前半より楽しく観ることができ、終了のホイッスルが鳴り響くと自然と拍手をするほど夢中になっていて驚いた。 「おーい!椎名こっちこっち!」 解散の合図でそれぞれ片付けなどを始める部員たちに観戦していた女子がこぞって声を掛ける中、 気後れせずに声を張り上げ片手を上げる先輩に名を呼ばれた彼は一瞬嫌そうに顔を顰め、 けれど一つ溜息を吐いて此方にやって来るものだから、友達は勿論周りにいる女子から黄色い歓声が沸く。 「何お前、部活にまで来んなよ」 「今日は配達じゃなくて取材でっす」 「そんな話聞いてないけど」 「うんだからさ、キャプテンに取り次いでくれたりしないかなー、なんて」 「は?みんな疲れてんだけど」 「そーゆーなって。俺と椎名の仲だろー?」 「きも」 心底嫌そうに吐き捨てた椎名先輩にもヤマト先輩はちっともめげず、へらりと笑ってその肩に腕を回すものだから 思わずぎょっと目を瞠り、今度はどんなキツイ言葉が投げられるのかと矛先はわたしじゃないのに身構えてしまう。 ――だけど、大きな溜息の後に紡がれた声は予想とは違って、 「めんどくさ。…ほらさっさと行くよ」 「サンキュー椎名愛してるぜ!」 「はいはい暑苦しいから離れろ」 鬱陶しそうに回された腕を軽く叩きはしたものの、二人の姿は単なるじゃれ合いにしか見えない。 わたしが密かに驚いていれば、「あっそうだ」。思い出したようにヤマト先輩が振り返って、わたしたちを見てにかっと笑う。 「優花ちゃんたち、またな!」 「はいっ!お疲れ様です!」 きゃっきゃと嬉しそうに手を振る友達に腕を組まれながらぺこりと会釈すると、 早くしろとでも言いたそうな顔をしていた椎名先輩が首を傾げた。 「優花?」 「左の子の名前ー」 「…ふうん。 ほら行くぞ」 一瞬重なった視線はすぐ興味無さそうに逸らされて、名残惜しげな黄色い声に見送られながら彼らは遠ざかって行った。 *** 相変わらずひどいこと平気で言うんだ。