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「まさか翼とこんなに長く続くとはねー」


宅配のピザやポテトを囲んでテレビを観る光景はあたしたちが出会った中学の頃と変わらない。 変わったのは場所と年齢と関係くらいだろうか。


「ぼくは天才だからとか言っちゃう人と友達になれるとも思わなかったし」
「それはこっちの台詞。みたいなガサツな女とは一生縁がないと思ってた」
「なに温室育ちのお坊ちゃんみたいなこと言ってんの」
「間違ってないだろ?」
「どこの温室で育ったらあんなに口が悪くて直ぐ手が出るお坊ちゃんになるんだっつーの」


そのビニールハウス穴開いてたんじゃない? 鼻で笑ってポテトを摘むも、横から伸びて来た手に捕まってあっという間に別の口の中へ。 さよならあたしのポテトちゃん。
中学時代はよく女に間違われていた翼だがあれから10年以上経った今は流石に性別を間違えられることはなく、 力の差は歴然としているので抵抗はするだけ無駄。 空いてる左手で新たに摘んだ愛しのポテトちゃんを今度こそしっかり自分の口の中に押し込んだ。


「そんな俺が好きだったくせに」
「人をドMみたいに言わないでくださーい。そもそも告ったのそっちじゃん」
「は?そっちだろ」
「はああ?違うしそっちが高1ん時に付き合えって言ったんじゃん」
が好きだって言ったからだろ」
「は?……、…いや、待って。そもそもあの時喧嘩してなかったっけ?」
「…ああ、バレンタインにチョコ何個貰ったかって話からが切れたあれな」
「それは翼があたし以外のチョコ全部断ってたからでしょーが。 あたし知らなくて、受け取って貰えなかった女子の前で普通に話しちゃって大変だったんだから」
「お手手繋いだ仲良しごっこなんかしてるからだろ」
「翼も一度思春期女子社会の怖さを知れば良い」
「女子の怖さなら十分知ってるけどね」


嫌そうに眉を寄せた翼に思わずごめんと謝れば鼻を抓まれた。止めろファンデ落ちる。
一転して楽しそうな笑みを浮かべた翼の手を払うあたしの唇からも高い音が転がって、苦い思い出も瞬く間に笑いに変わるのだ。


「口喧嘩の延長で告白って、ほんっと馬鹿だったよねー」
「今も似たようなもんだけどな」
「こないだ飲んだ時に五助にも言われたわ。お前ら学生時代と全然変わってないってさ」
「アラサーでも若々しいって?」
「ポジティブ!」


飛葉で連んでいた、キューピー曰く不良どもとは未だに交流が続いているし、 実家住まいのあたしは幼馴染みの畑兄弟とは顔を合わせる機会も多い。

高校を卒業して翼がスペインに行って、見送りの空港では当たり障りのない言葉しか交わさなかったけれど それ以降連絡を取ることもなかったのでこれが俗に言う自然消滅かと思っていたのに、 数年後帰国した翼と再会した時に向こうでボンキュボンの彼女は出来たかと尋ねたところ 虫けらを見るような冷たい眼差しを頂戴し、ほろ酔い気分が一気に醒めた。
あの夜は散々な目に遭ったのでこれ以上思い出すのは控えるが、 当時他に好きな人がいたわけでも恋人がいたわけでもなかったのであっさりと元の鞘に収まり、 空白の数年はあったもののあたしたちが付き合ってなんと今日で10年目である。

飛葉中出身者に何度も言われているように学生時代と同じく顔を合わせれば必ず口喧嘩をするけれど、 その場で互いに言いたいことを言って直ぐすっきりしてしまうので一秒後には笑って別の話をしているし、 喧嘩の流れで別れ話になったことは一度もないのだから、何だかんだで仲は良いのだと思う。言わないけど。


「あ、そー言えば六助がさー、翼のことだから今日の為に夜景が見える高級イタリアンとかフレンチの店 予約してると思ってた、とか言うの。うける」
「相手が違えばそうしたかもな」
「え、なに行きたかった?」
「別に。それにお前この寒い中フォーマルな服装で外出るより家でまったりする方が好きだろ?」
「大正解!夜景とかテレビで十分だわ―」
「うん、知ってる」


付き合いが長いだけあって翼はあたしのことをよくわかってる。
勿論あたしも大人ですから、外ではちゃんとするしそれを翼も知っているけれど、 肩の力を抜いて過ごせる時間はとても貴重で大切なのだ。



***



デザートのケーキまでしっかり平らげてテレビを観ながらまったりしていると、「そうだ、これやるよ」。 思い出したように翼が引き出しから何かを取り出してあたしに差し出す。
なんだろうと受け取って視線を落とせば、鮮やかな黄色にバースデーケーキと、おめでとうと書かれた見覚えのあるポチ袋。


「あっ!これ前にロフトで見つけて欲しいって言ってたやつ!」


二ヶ月前にお年玉用のポチ袋を買いに行った時に見つけたそれは、 とても可愛くてあたしの好みドンピシャだったけれど結局買わずに終わった物だ。

些細なことを覚えていてくれたのがとても嬉しい。でも、


「あたし今日誕生日じゃないけど」
「知ってるよ。でも今日は俺らの誕生日みたいなもんだろ」
「あー…成程?」
「いるの?いらないの?」
「いりますいります! 幾ら入ってんのかなー。諭吉?ねぇ諭吉?」


この歳になってお小遣いを貰う機会なんてそうないので、ふっくらしているポチ袋を手にニヤニヤしながら 糊付けされていない封を開け、親指と人差し指で中の紙を引っ張り出す。


「…ん?」


触った感じから何となく違うなあと思ってはいたが出て来たのは白い紙で、 三つ折りにされたそれは態々お札サイズに切ってあるので笑ってしまう。翼ってお茶目だよねー。
薄らとインクが透けて見えるので、さて何が書いてあるのかと引かない笑みをそのままに広げれば、 予想もしていなかった言葉に出迎えられて瞬きも忘れて固まった。


「……、翼さん」
「何ですかさん?」


笑みを含んだ楽しそうな声に、じんわりと心が温まる。

“これからもずっと一緒にいて下さい。”


「あたしがこーゆー不意打ちに弱いの知っててやってるでしょ」
「当然」
「…あー、もう、悔しい嬉しい。…こちらこそだよ好きだばか!」
「はいはいありがとねばか」


感極まって飛び付けばしっかり抱き留めてくれる翼にニヤニヤが止まらない。
このまま翼の腕の中でだらしなく弛みきった顔を隠していようと思ったのに、「」。 とんとんと背中を叩かれて顔を上げるように促される。


「なんすかー」
「なにその変な顔。うける」
「誰の所為だと」
「俺の所為だろ? じゃなくて、ほら、手ぇ出して」
「はい?」


机に置き去りにしていたポチ袋を片手で引き寄せて傾けて見せる翼に首を傾げつつ、 もぞもぞと収まりの良い場所を見つけてから受け皿のように両手をくっつけ、ころん、転がり落ちた物を見事キャッチ。

そうして再び、あたしの時間は止まるわけだが、


「……、…翼さんや」
「何ですかさん?」


楽しげな吐息に膨らんだこの気持ちを、一体何と名付けよう。


「これは、どの指に填めれば良いんでしょうか?」
「小指には大きいし親指には小さいだろうから、残る指から好きなのを選んでよ」


…また、ずるいことを。

だけど翼の優しさも、この指輪に籠められた意味も、わからない程子供ではなくて。

付き合った長さも年齢も十分だと思う。でも、あたしはこの人を縛って良いんだろうか。
選択を間違えたと、彼は後悔しないだろうか。


「……」


震える指でキラキラと輝く指輪を掴み、そっと、左手に運ぶ。
翼はあたしを急かさない。ドキドキと全身が脈を打つ。

爪が輪を潜ったところであたしの右手に大きな手が被さって、溶けそうな温度にじわり、視界が膜を張る。


「選んでくれてありがとう」


左手の薬指で乱反射する光が眩しくて目を細めれば、もう耐えられないとばかりに視界から涙が剥がれた。



キラキラの海に溺れてしまう



「結婚しよう」






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ロフトで売ってた誕生日用ポチ袋がめちゃくちゃ可愛かったってお話。

2014年度テーマ「君と結ぶ」、2月21日(火)「漱石の日」、仮お題「この気持ちの名は、まだない」
Special Thanks*みなさん
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「stray cat」のみなさん主催企画サイト「0419」の2014年度に提出させていただいたお話です。