さっき感謝したのが馬鹿みたいだ。これなら気づかせないで欲しかった。 幼馴染 英士の言葉に一馬の思考はあたしから携帯へと移った。 余談だが、一馬は携帯を常にサイレントのマナーモードに設定しておく癖がある。 「お前またマナーのままかよ。いい加減その癖直せって」 「何度も鳴ってると煩ぇから嫌なんだよ」 「だったらせめてバイブにしろって!メールはまだ良いけど、お前いつも電話繋がんねぇし」 結人が何度もこの話をするのは、一馬がメールや電話に気づかないことが多いからだ。 実際何時間もメールの返事が来なかったこともあるし、何度電話を掛けても出ないと結人が本気で怒ったこともある。 その時は一馬もしっかり謝ったし、結人も言いたいことを言えばすっきりしてしまう性格だから直ぐに治まった。 そういった事実があるからか一馬は何も言えずに取敢えず携帯のボタンを押す(メールだったらしい) 「これからは彼女とメールとか電話沢山すんだろ?そんなんじゃ嫌われるぜー」 「……じゃぁバイブにしとく」 尤もな意見にぐっと言葉を詰まらせた一馬は、妥協策としてバイブ設定にすることに決めたようだ。 それを見て一馬の勉強机の前の椅子に座っている結人はカラカラと笑う。 ベランダへと繋がる引き戸に寄りかかったあたしも、同じように笑う。 いつも通りに笑えているかが気がかりだ。だって、これ以上一馬に心配をさせるわけにはいかないもの。 携帯を弄る一馬を見ていると、メールの相手が誰だかわかってしまうから悔しい。 一馬からあんな嬉しそうな表情を引き出せるのは自惚れでもなんでもなくあたし含む一馬の極身近にいる人と、 あとは……昨日出来たばかりの、一馬の彼女さんだけだ。 思わず一馬から目を逸らすと、逸らした視線は英士とぶつかってしまった。 一馬のベッドに寄りかかっている英士は何を考えているのかわからない、お得意のポーカーフェイスでこっちを見ている。 これがいつもの定位置だから仕方ないんだけど、なんであたし英士の目の前に座ってるんだろう…! 折りたたみ式の机を挟んだ向こうからじっとこっちに視線を向けたままの英士。 あたしは色々と意地になっているのか、逸らすことが出来ずにいる。 「お前らなに見詰め合ってんだよ」 茶化すような結人の声に、あたしはやっと何かから解放されたように視線を外す。 (ありがとう結人!)(だけどね、今のは見詰め合っていたというより睨み合っていたに近いと思うよ) 「別にを見てたんじゃないよ。の向こうの窓を見てたの」 「の向こう…?」 英士の言葉に、そんな所に何があるんだと言わんとした顔で結人は身を乗り出して外を見る。 そんなあたしもやっぱり同じように後ろを振り返る。 あたしの後ろにあるのはベランダと、その向かいのあたしの部屋の窓だ。 「別に何もなくね」 「窓、開けっ放しでしょ」 「……あ、」 特に変わったものが見られなくてあたしと結人が首を傾げて顔を見合わせると、 英士はしれっとした様子で淡々とそれを口にした。 そういえば、と思い出して虫とかが入るのも嫌だから閉めてこようと思って腰を浮かせると「俺が行く」と一馬が口を挟む。 「え、別に良いよ。あたしの部屋だし、てかあたしが一番近いし」 「いや、丁度電話掛けようと思ってたから」 「早速彼女に電話かよ」 「放っとけ!」 だからは座ってろ、とまで一馬に言われてしまえばあたしはそれに従うしかない。 仕方なくその場に座りなおして、だけど一馬が出て行きやすいように寄りかからずに結人の方へ寄る。 結人と英士の間に座って携帯を弄っていた一馬はそれを持ったままベランダへと出て行った。 「鍵閉めてやるか」 「結人」 「じょーだんだよ、じょーだん」 ベランダに出て引き戸をしっかりと閉めた一馬を見ながら結人が楽しそうに言うと、ぴしゃりと英士から声が掛かる。 名前を呼ばれただけなのにそれの意味することがわかったのか、結人は笑いながら椅子に座りなおした。 (以心伝心?)(でも英士に止められなかったら絶対やってたよね) |