昨日、一馬に彼女が出来た。
照れくさそうに、でも嬉しそうにあたしに報告した一馬の顔が頭から離れない。



幼馴染




生まれてこの方ずっと幼馴染というものをやってきているあたしたちは中学二年生の今でも仲が良い。
仲が良いというのは喜ばしいことで、実は厄介なものだと気づいたのは最近だ。
だって、仲が良い所為であたしはこの関係を崩せなくなってしまったし、
仲が良い所為で、あたしまで一馬の親友たちの友達になってしまった。
(それは小学生の頃からだけど)(今でも一緒に遊んだりする)
こういうことを言うと一馬にとても申し訳ないんだけど、実はあたし、その親友の片方が嫌いだったりする。

、今からアイツラ来るって」
「…それで?」
「それでって、も来るだろ?」
「……あぁ、うん。そっか、そうなるよね」
「…何かあったか?」
「ううん、一馬が気にすることじゃないよ」
「……」

少し意地悪をした。だって、こんな言い方して一馬が気にしないわけがない。
窓の外の一馬をちらりと見ると、やっぱり眉間にぎゅっと皺が刻まれている。
でも本当は、そんな顔が見たいんじゃない。

「じゃあ今から行くから」

昔は一馬の部屋にはベランダがあってあたしの部屋にはないことが不満だったけど、今初めてそのことに感謝した。
だって、あたしが窓を閉めてしまえば一馬はどうやってもあたしに近付くことが出来ない。
序でにカーテンも閉めてしまえば完璧だ。きっと今頃一馬は諦めて部屋の中へ戻っている筈だ。
時計の長針が一つ進むのを待ってからこっそりカーテンを開けてみると、やっぱりベランダに一馬の姿はなかった。
多分、直ぐに玄関を開けられるように一階に下りていったんだろう。

「結人が単品で来るわけないよね。…アイツラって言ったし」

一馬の家に遊びに行くことはよくある。勿論その逆もあるし、昔は部屋の窓から一馬のベランダに下りたりベランダから一馬がやって来ることもあった。
だから小学校高学年くらいに危ないからもう窓から来るなと言われるまで、一馬の部屋に行くのに玄関なんか使わなかった。
ドアを開けて階段を下りて靴を履いてドアを開けてインターホンを押してドアを開けて靴を脱いで階段を上ってドアを開ける。
そういえばこんな面倒なことを言い出したのは誰だったか。一馬、じゃなかった気がする。
いや、確かに一馬に言われたんだけど、でも……
玄関で靴を履きながらふと気が付いた。そうだ、英士だ。
英士が「仮にも女の子なんだからどうかと思うよ」とか言い出したのが原因だ。
あたしと一馬のことに、というかあたしに関わることに滅多に口を挟まなかった英士が、何故かあの時は自分から言い出したんだ。
なんでだ、なんで?

考えると、なんだかイライラしてきた。
何であたしが英士の言うことを聞かなくちゃいけないの?
というか、思い返してみれば「仮にも女の子」とか、仮にもってなんだ!失礼にも程がある…!
きっとあの頃から英士はあたしのことが嫌いだったんだろう。あたしは一馬の親友だから好きだったけど、英士はきっと違ったんだ。
英士にとってあたしはあたしで、一馬の幼馴染だから好きでいなきゃいけないなんて微塵も思わなかったに違いない。

「……ちくしょう、」

綺麗な形に結べた蝶々結びを一気に解くと、あたしは靴を脱いで階段を駆け上った。
そのまま自分の部屋のクローゼットを漁る。(確かこの辺に…あった!)
三年生になったら使おうと思っていた新品の上履きを手に取ると、一度ぎゅっと握り締めてからそれを履く。
ちょっとだけ名残惜しいけど、今のもまだ使えるしベランダに靴下で下りるのはあんまり清潔とは言えない。
窓を開けてそこに片足を掛けると、ここが二階だという恐怖感も何もなくあたしの体はすんなりとそのまま目の前のベランダに下り立った。
なんだ、まだ体が覚えてるんだ。体の記憶っていうのは中々消えないものなのだろうか。

「――なにしてるの」

一人で妙に納得していると、呆れたような声が耳に届いた。
なんと、目の前には一馬の部屋とベランダを繋ぐ引き戸を引いた英士が立っていたのだ。
(思わず肩を揺らしてしまった)(心臓に悪い!)