ままごとみたいな恋だった。



彼女との始まりはちょっとした周囲の誤解で、それを訂正しなかったのはちょっとした打算から。
彼女の方も俺と似たような何かがあったのか、嫌でも耳に入る噂話を肯定も否定もせず、 直接問われてもお得意の話術で有耶無耶にしては、太陽のような笑顔で人目を奪っていた。

裏表がなくはきはきとして、けれどどこか抜けている彼女に周りは自然と惹き付けられ、人気者故の嫉妬さえあの笑顔で溶かしてしまう。

珍しいタイプだと思う。

俺の知る「誰からも好かれる人」は良くも悪くも目立ち過ぎない人で、 人気者は光が強い分影も濃く、一部で酷く嫌われているのがお決まりのパターンなのに。


(多分、程良く駄目な部分を見せてるからだろうね。)


彼女は決して完璧ではない。
勉強面で言えば、飛び抜けて出来る教科があれば平均ギリギリしか取れない教科もあって、 その苦手教科で平均を取れるのは彼女がテスト前になると担当教師やクラスメイトを巻き込んで放課後猛勉強しているからで、 結果が出ると勉強に付き合ってくれた人たちに点数を隠すことなくお礼を言うので彼女の頭の出来に嫉妬する隙がないし、 運動面に於いては本人が駄目だと公言している通りだ。 全体的に向いていないらしく、事あるごとに今にも死にそうな声で「嫌だやりたくない」と周囲に漏らしては慰められ、 「ありがとう、頑張るね」と、戦地に赴く兵士のように挑んでは終わった後にケロッとしている姿は何度も見た。

心動かされたものには素直に「すごい」と手を叩き、苦手なものが同じだと知れば一緒になって愚痴を言う。

誰にでも平等なわけではなく、空気を読みつつも嫌なものは嫌だと言うけれど、 その中に好きなところを見付ければ「嫌い」で塗り潰したりは絶対にしない。

これは一種の才能だろう。
人に好かれる才能ではなく、人に嫌われない才能。



「それでね英士くん、いい加減この曖昧な関係に名前を付けたいと思うのよ」
「良いんじゃない?」
「うわー、他人事ー」
「だって他人事でしょ」
「他人じゃないもんクラスメイトだもん」
「日本語って複雑だよね」
「ひどい…」


じとっと恨みがましい視線を送る彼女を受け流しながら坦々と手を動かし、 重ねた紙でカチカチとホッチキスで遊ぶ彼女の手を軽く叩く。
口を尖らせながらも受け取って今度はホッチキスに正しく仕事をさせてやる動きを目で追い、また手を動かす。

簡単な流れ作業。同じ日直は彼女ではなかった筈なのに、放課後担任に指定された教室に来ればそこに居たのは彼女だった。 ―何故そうなったかは訊くまでもないけれど。


「思えばさ、おままごとみたいだったよね」
「そう?」
「じゃない?」
「さあ。飯事なんてしたことないから」
「まじか!じゃあ記念すべき初めてのおままごとだね、おめでとう!」
「別にめでたくないでしょ」
「ノリのわからない人だなー。…でも面白いよおままごと。 今からあなたがお父さん、あなたはお母さんって、指名されたらその役になるの」
「ふうん。それで俺が彼氏?」
「そう。あたしが彼女。 あたしたち、誰に指名されたんだろうね」
「さあ?」


最初に誤解したのが誰かなんて知らないし興味もない。
それは彼女も同じなのか、純粋に飯事遊びを楽しむ子供のように、愉しそうに目を細めるだけで答えを求めてはいないようだ。

カシャン、カシャン、
弾むように、リズミカルに針が刺さる軽い音。


「それでね、話を戻すんだけど、」


カシャン、カシャン、
彼女の手によって簡単に縫い止められる。


「名前を付けたいと思います」

「何て?」
「恋人」
「そう」
「…と、言うわけで、今まで付き合ってくれてありがとう。で、明日の日直代わってください」


がばりと勢い良く下げられた頭に、成程これが本題かと息を吐く。
最初から単刀直入に言えば良いのに。回りくどい話に付き合わされるこっちの身にもなって欲しい。 素直に頼まれたところで承諾するかは別だけど。


「二日連続になるんだけど」
「そこを何とか…!明日の放課後しか二人っきりになれるチャンスなくて」
「こそこそするの止めて普通に教室で話せば?」
「止めたいの!普通に教室で話したいから告白するんですー」
「俺が明日急ぎだったらどうするの?」
「最優先のサッカーが休みなのは知ってるから、それ以外で何かあってもそれより魅力的な餌で釣ろうと思ってるの」
「例えばどんな?」


手を止めた彼女の、悪戯を仕掛ける子供のような顔に思わず眉を寄せる。
―ああ、嫌な予感しかしない。


「明日の日直のもう一人をちゃんにしてもらう手筈は整ってます」


にんまりと笑う太陽に時間まで焦げ付いてしまいそうだ。
余すところなく照らされて、きっと最初から逃げ場なんてなかった。…ほんと、性質が悪い。


「いつから?」
「何かあるだろうとは最初から思ってた。じゃなきゃ英士くんがあんな噂好きにさせとくわけないし」
「それで?」
ちゃんだって気付いたのはほんとに偶然。 ―知ってる?英士くんってちゃんに名前呼ばれるとちょっと面白い顔するんだよ」




divertire




「…それ、どういう意味?」


俺の問いに答えることなく、ご機嫌な太陽はにっかしと笑う。
もう夕方なんだからいい加減沈みなよ。






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喜遊曲(ディベルティメント)...語源はイタリア語の「divertire(楽しい、面白い、気晴らし)」
明るく軽妙で楽しく、深刻さや暗い雰囲気は避けた曲風である。
演奏の目的を同じとするセレナーデと似ているが、セレナーデが屋外での演奏用であるのに対し、 ディヴェルティメントは室内での演奏用だとされる。

Special Thanks*わかばさん
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郭英士誕生日企画サイト「0125」の2013年度に提出させていただいたお話です。